私は所謂幽霊というやつで、たぶん分類的には地縛霊で、とある交差点の角で、そこに縫いつけられたように微動だにせず、道路の方を見つめている。
私は何故自分がそうなったのか分からない。記憶がないのだ。自分がどこの誰でいつ何でこの世を去って幽霊になったのか、まったく思い出せない。どうしてここを離れられないのかも、まったく分からなかった。ただボーッと、道路を走る車を、横断歩道を渡る人々を、見ていた。
そんな中、ふとした瞬間に、何かが引っかかって頭がハッキリする時がある。それは近所の黒猫が道路を渡るときだったり、小学生が元気に登校していく姿だったり。それらを見ると、何故だか安堵したような気持ちになる。何か私の死因と関係しているのかもしれない。分からないけれど、そんな日常の欠片たちが、生きていた私にとって大事だったのだろう。そんな気がした。
いつも通りボーッと道路を見ていたとき。私が立っている場所の道路を挟んだ向こう側に、1人の中学生くらいの少女が現れた。いつもは誰か1人を注視したりなんかしないのに、その子には目が引き寄せられた。
少女は、道路に向かって手を合わせて、何かぶつぶつと言っている。遠いから聞こえないはずのそれが、私の耳にはよく届いた。
「お姉さん、あの日、助けてくれてありがとうございました。私もあの黒猫も、元気にしています。怖くてなかなかお礼に来れなくてごめんなさい。本当にありがとうございました。どうか天国で安らかでありますように」
その言葉を聞いて、私の頭の中を景色がフラッシュバックする。
道路に飛び出した黒猫、それを追って飛び出した小学生くらいの女の子、黒猫を捕まえたはいいけど、そこに車が突っ込んできて、私は咄嗟にその1人と1匹を突き飛ばして、そのまま車に……。
猫や小学生の元気な姿に安堵するような気持ちになっていたのは、きっとこの少女のことを覚えていたからだ。この子たちの無事を知らぬまま死んだ私は、それが心配でしょうがなくて、ここに残っていたんだ。
あれからどのくらい経ったのか、少女は成長している。あの猫と一緒に、元気でいるのだという。それがすごく嬉しくて「ああ、よかった」と私は呟いた。
そして、私の意識は、穏やかな気持ちを最期に、その場所から消えたのだった。
4/28/2025, 7:07:57 AM