作家志望の高校生

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これは、僕が背負うべき消えない罪なのだ。
部屋に置かれた大型の水槽に指を這わせ、そっと目を閉じる。薄暗い、音も無い部屋の中、コポコポと響く水槽のフィルターの音がやけにうるさかった。

『……なぁ、それ痛くねぇ?』
薄汚い奴隷用の檻の中にいた僕に、真っすぐ声をかけてきたあの日のことを、僕はきっと、一緒忘れることは無い。
誰からも無視され、腹いせに殴られ、ゴミの方がマシな扱いだと思えるほど僕の扱いは酷かった。
彼は誰かに呼ばれてすぐに去ってしまったけれど、彼の声が、顔が、直前に聞こえた名前が、脳裏に焼きついて今でも離れない。
あれはきっと、崇拝にも近い恋だった。否、恋なんて一言では足りない。彼が欲しくて、彼に全てを奪われたくて仕方なかった。
チャンスは案外、すぐに転がってきた。何があったのかなんて知らないが、僕はどこかのお偉い様の遠縁だったらしい。疫病で跡継ぎが誰も居なくなっただか何だかで、僕はトントン拍子に地位を手に入れた。
これまで一度も教育なんて受けてこなかった。貴族のルールを一から頭に叩き込まれ、興味も無い人間の名前やら顔やらを覚えさせられるのは苦痛だった。でも、その全てが彼に会うためだと考えれば大したことでもない。
彼はすぐに見つかった。あの時見かけた服装から察してはいたが、やはりそれなりにいい家のご子息だったらしい。マナーもルールも教養も、死に物狂いで頭に入れた。そうしてようやく、彼に会う場を作るところまで漕ぎ着けたんだ。
彼と会った時、僕は感情が追いつかなくて泣いてしまった。彼は酷く困惑していたし、当然だと思う。僕の見た目はあまりにも変わっていたから。彼が僕を覚えていなくたって、僕は彼を覚えている。それだけで十分だった。
でも、狂信は裏返せば何より醜い刃となった。彼と話して、そして知ってしまった。完璧だと思っていた彼に、欠けがあることを。婚約者のことを照れたように語る彼を見た時、僕は我慢できなかった。戸惑う彼の首に手をかけて、そのまま全力で掴んで絞め上げた。
脱力て手先の冷えた彼の身体を抱き締めた時、僕の心は後悔と、それを塗り潰すほどの凄まじい独占欲が湧いた。
僕は持てるものを全て以て、彼の死を事故に偽った。跡継ぎも何もいなくなった、家臣の執着だけでできた僕の家は、都合が良かった。彼の遺体は帰り道獣に襲われ、跡形も無く喰い荒らされたことにした。
それで、彼の身体は今、僕の部屋にいる。丁寧に丁寧に内臓を抜いて、その一つ一つをホルマリンに漬けた。身体は剥製にして、綺麗な服を着せて、あたかも眠っているかのようにそこにいる。
左手を彼の中身が入った水槽に、右手で彼の手を握りながら、僕は一人笑った。
あの日心の奥底に芽生えた、燃え上がる焔のような支配欲と独占欲。この大罪は、きっと何を以てしても消えることはない。

テーマ:消えない焔

10/28/2025, 8:05:02 AM