作家志望の高校生

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「あれ?」
寝間着から服を着替え、上着を羽織って鞄の中を確認する。財布、定期、手袋、のど飴……靴を履いて爪先を地面に軽く叩きつけながら確認していた手が止まる。
鍵が無かった。今日は丸一日家を空ける予定なので、鍵をかけずに家を出るわけにもいかない。しかし、もう出発まで時間が無い。
仕方なしに俺が選んだ手段は、暇そうな友人に留守番を頼む、だった。恋人の一人でも居ればそっちに頼んだだろうし、実家住みならこんな心配はしなくてもいい。しかし生憎、俺は彼女いない歴=年齢の独居大学生である。
急いでポケットから携帯を取り出し、手当たり次第電話をかける。1人目、出ない。2人目、デート中。3人目、講義中。急いでいる時に限って、皆予定がある。
苛立ちを感じながらも次に電話をかけようとした、その時。なんとも都合のいいことに、暇だったらしい友人が電話をかけてきた。遊びに誘われたのを早口で断り、そのまま家の留守番を頼む。彼は突然の要求にも笑って、あっさり快諾してくれた。
電車に乗ってしばらくした頃、家に着いたと彼から連絡があった。勝手に入っていいと端的に返し、そのまま携帯をポケットに押し込む。今日は最近いい感じの、大学の先輩に遊ぼうと誘われたのだ。先輩は綺麗な黒髪ストレートの清純派美人で、料理が上手い上に優しい。男なら全員好きになってしまいそうな顔だ。そんな先輩に声を掛けられたら、期待してしまうものだろう。
が、期待は裏切られた。昨日のメールでは、自惚れでなこれば好意が透けて見えるほどだったのに、今日はなぜか怯えられている。一応一日中遊びはしたが、ずっと一定の距離を開けられた。
がっくりと落ち込んだまま家に帰ると、留守番を頼んだ友人があたかも自宅かのように寛いでいた。デートの失敗で悄気ていた俺は、そのまま彼にふざけて泣き付く。同性の友達特有の距離感で、腹に顔を埋めて戯れ合った。
ふと顔を上げると、机の上に鍵がある。
「あれ、こんなとこにあんじゃん。」
「ああ、それ棚の裏に落ちてたよ。拾ってそこ置いといた。」
どこまでも優しく頼りになる友人に感謝しつつ、失恋記念に酒を開けた。
*
目の前の君はちょっとだけお馬鹿さんだから、結局最後まで気付かなかった。
机の上なんて今朝何回だって見たことも、微妙に変わった家具の配置も、カーテンレールやソファの下から光るカメラの赤外線も。今日のデートの時、先輩の携帯に何件も来ていた通知の送り主も、内容も。普通、友達の家で留守番するのに棚の裏なんて見るわけないのに。
酔い潰れて横で眠る彼の頭をそっと撫でながら、僕は小さく微笑む。彼に付く悪い虫も、全部僕が追い払ってあげる。携帯に送られてくるカメラのデータを確認して、彼の生活の動線に合わせて少しだけ位置を調整する。ついでに、床に落ちていた彼の髪を拾う。
また、僕の部屋のコレクションが増えてしまいそうだ。

テーマ:君が隠した鍵

11/25/2025, 8:04:49 AM