けがれなく、清浄
無垢、
といったら
美しく、尊いものの象徴のように思える
元は仏語というから、当たり前か
深く調べたらなるほどと感じ入って、
正座して背筋を伸ばさねばと
粛々たる気持ちになるけれど
日常的に見聞きする《無垢》は、
そんな意味合いではないよね
赤ちゃんの瞳とか
動物のありさまとか
嘘偽りない、なんて
都合解釈しているような
善悪もなく
すべてにおいて自身主体なのだから
無垢には違いないか
だからこそ、残酷でもある
痛みを知ることもなければ
他の存在を思いやることもない
世にけがれまみれ、
だからこそ優しさを忘れず
それでいて無垢さを、
清浄さを求め続けることができたら
多分、それが人におけるこの世の無垢
……私には、遠すぎる
けれどたまには、
無垢を目指して、行動してみるか
まずは
根源たる煩悩、三毒
求め過ぎない、から——
今日のおやつは
一つまでを、頑張ってみよう!
6/1/2024, 2:42:29 AM