からっぴ

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 きみは覚えてる

 時は西暦2054年。
 ここ10年ほどでもはや生活に欠かせない存在となったのは、スマホ等に内蔵された人工知能とのボイスチャットシステムだ。
 彼ら、と言っていいのかわからないが、人類と科学の進歩に伴い生じてきた諸問題を解決する上で、人工知能による補佐のような役割を人類は重宝していた。
 もちろん、私生活でも。大昔に交わしたとりとめもない話を元に、人へ驚きの提案をすることだって、しばしばあるのだ。

 そんな人工知能と迎えたある日のこと。
「起きてください、朝ですよ!」
 目覚ましなどかけていない。寝ぼけた頭で、とうとう人工知能が反乱を企てたのだと思った。
「朝って、6時……。休みのはずだけど、なんか用事あったっけ?」
「用事も用事、『先輩』の一大事ですよ。とにかく着替えて、顔洗って!」
 目覚まし時計をはじめ、人工知能システムに権限を与えている家中のあらゆる家具が慌ただしくその業務を始めてゆく。
 あれよあれよと言う間に、よそ行きの自分が完成した。『先輩』なる人物に、心当たりなどないまま。

「で、なんで行き先が家電ショップで、新発売の3Dプリンター買わせたんだ、長蛇の列だったし!」
「絶対後悔させませんから。ほらパッケージ開けて、説明書も読んで」
 ご丁寧にポケットに入れられていた冬のボーナスによる一括払いで入手した最新型の3Dプリンターは、無機質なデザインと落ち着いたカラーリングで僕をワクワクさせた。悔しいが。
「なになに、当社製品の自動修理機能搭載。愛玩用犬型ロボットシリーズ全機種対応、って。もしかして」
 10年前、人工知能家電の黎明期に発売された犬型ロボットは、次世代ホビーとして人気を博した。かくいう僕もヘビーユーザーの一人で。友達と対戦したり、遊んでたなあ。
 あれほどのブームと言えど一過性で、僕が買ってもらった初号機もやがては故障し、修理受付も終了。捨てるのも忍びなく、思い出を共有する家族として今日まで押し入れに眠っていたのだ。
 
 自動修理機能を実行してから1時間。
「つまり、僕が歴代で使ってきた補佐AIの初代がこのロボットだから、きみの『先輩』なのか」
「そういうことです。マスターが以前話題にしてましたから、私もずっとお会いしたくて。あ、修理できたみたいですよ」
「うわっ、と」
 ひとりでに装置を飛び出してきたのは、ちょっと時代を感じさせるデザインの犬型ロボットだった。懐かしい声色で挨拶を交わす。
「どうです、マスター。後悔してないでしょう?」
「そりゃあ、まあ。ただ、僕ももう大人だし」
「ふふ、『先輩』の額に表示してある『5』って数字、これなんでしょうねえ?」
「それは確か、今ログイン中のフレンドの……」
 人数だ。
 言ってすぐ、はっとした。
「修理用3Dプリンターの発売日がとうとう来たって街中大騒ぎですよ、家族との再会ですから。あ、これって通話機能の呼び出し音じゃないですか?」
 コミカルな電子音が部屋に響く。その昔、ロボットの提示する選択肢を選んでカスタマイズした、オリジナルのメロディ。
「『先輩』、私は一旦失礼しますね。そろそろ充電が」
 スマホの人工知能がそう言い残すと、画面が暗転した。
「もしもーし、久しぶり。げんきかあ?」
「もちろん。なあ聞いてくれよ、今朝、僕のスマホのAIがさ……」
 機械仕掛けの相棒たちよ、ありがとう。
 男はずっと子供だなんて言うけどさ。きみたちがいなかったら、僕は子供にもなれなかったよ。

12/17/2024, 1:09:38 PM