さあ行こう
時間が進むのが怖かった。今が、過去が、好きなだけにこの好きな時間がどんどん終わりゆくのが怖かった。大好きな人と当たり前のように笑っていても、ふとこの時間もあと少しだという現実が顔を出す。そのことをみんなもわかっているのに、わかっていないふりをしてまた笑う。自分にはどうしてもそれができなかった。どれほど泣き虫だとからかわれようが涙が出るのは自分で止められないから仕方がない。でもそのせいでみんなを悲しい顔にはさせたくない。みんなで楽しんでいたカラオケを1人ふとメイクを直すふりをして抜け出してトイレの鏡の前で涙でいっぱいの自分の姿を見る。みんながいないところで全ての感情を出しきって、何事もなかったように戻ろうとしていた。なのに、なんで来るんだ。
「…わかるで。うちも卒業嫌やもん。」
泣いている姿を見て驚くこともせずに、涙と色んなメイクが混ざった私を白のカッターシャツで抱きとめようとするものだから、必死で抵抗した。彼女はそんなことも気にせずに「あとであんたのカーディガン貸して?そしたら隠れるし気にせんといて。」と笑った。彼女の胸に飛び込んでまた泣いた。彼女も泣いていた。2人でひとしきり泣いてから、「最悪やぁラメ取れた」とメイクを直す彼女を見ていた。
「何ぼーっとしてんの。あんたもメイク直すんやで?」
「えっ」
「みんなの前で泣いたん丸わかりにすんの嫌やったから一人でここおったんやろ?ほら、ポーチ貸して。うちが直したる。」
貸してと言う割にやや強引にはぎ取ってくる彼女は泣いたのが嘘のように綺麗ないつもの濃いメイクに戻っていた。
「やだよ。けばくなんじゃん。」
「はぁ?けばないし、かわいいもん。あんたが普段うっすいメイクしてるだけやろ。」
「ちゃうって!あんたらみたいなギャルに合わせてたら私の顔なくなるもん。」
「もー、色々うっさいわ。ほら、こっち来ぃ!」
強引に向かい合わされてぼふぼふとパフを叩きつけられるのでもう観念して抵抗は止めた。口調はきついのに意外と手元が繊細なところが彼女らしいなぁと思いながら数分経つ。
「よし、おっけ。さあ行こ!早よ戻ってここおった分取り返すぐらい歌うで!」
いつもより何十倍もギラギラとした顔が鏡の前にうつるのを見て笑みが溢れる。
「ちょ、濃すぎひん?てか待ってよー!置いてかんといて!」
私のカーディガンを嬉しそうに羽織りながら部屋まで早く歩く彼女の後を追いかけた。
6/7/2025, 9:32:45 AM