怪々夢

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君は今

第一章 あんた

「あんた、俺のことを一度でもいいから愛してくれたことがあったのか?」

俺は生まれて初めて母のことをあんたと呼んだ。
俺がこの世に生を受けると、程なくして父親は女を作って行方をくらましたらしい。母は仕事や家事に忙しく、俺のことに構っている余裕はなかった。家にいる母はため息ばかり、あれで接客が出来るのかなと子供ながらに思ったものだ。

そんな母に新しい男ができると、俺は疎まれ出した。
「あんたさえ生まれてこなければねぇ」などと、俺に聞こえるように独り言を言うのだ。そして男になけなしの生活費を持ち逃げされた時、母の気は触れた。
母は強引に睡眠薬を俺の口に押し込もうとしたので払い除けると、俺は冒頭の台詞を言った。

「タクミお願い。私と一緒にあの世に行ってよ!」

そう叫びながら、母は包丁を俺の横腹に突き刺した。
俺は横腹に包丁をぶら下げたまま、母の首を絞めた。

「自分一人で死ぬのが怖いからって俺を巻き添えにすんじゃねぇよ、いいか?何度生まれ変わってもあんたのことをこうやって殺してやる。殺してやるからな。」

第二章 貴様

私は、ユーバンクス王国、紫騎士団の団長、オイラー・パルコラム。我が軍団はヒーガント国との戦も優位に進め、ブルーノ砦も簡単に陥落させられるだろうと思われていた。
しかし、青い甲冑に身を包んだ一騎の兵士に手こずり、損害を拡大させていた。私は戦況を打開すべく現地に赴いた。

「あれが青の騎士か?遠目に見ても手練だと分かる。」

馬を操る見事な手綱捌き、相手の力を利用して反撃する受けの剣は、初撃の強さを拠り所とする我が紫騎士団との相性が悪い。

「我こそは、紫騎士団団長オイラー・パルコラム。貴殿との一騎打ちを所望する。」

「我が名は、サイファ・ブルーノス。その申し出を受けよう。」

私は、青の騎士の銅を目掛けて剣で薙ぎ払った。
青の騎士は背中を逸らせて距離を取りつつ、そのままの勢いでヒラリと着地した。私は剣を振り下ろしたが、軽々と躱すと馬の足元に潜り混んで死角から突きを繰り出してきた。
私はもんどり打って落馬すると、素早く体勢を立て直し、相手の突きに備えた。

ヒュン。

風を切って突きが飛んでくる。一番装甲の厚い胸で攻撃を受け止めると牽制のためにコンパクトに剣を振るった。
そこからは、お互いに必殺の一撃を加えるための先の取り合いが続いた。
僅かに軌道を変えた私の剣が青の騎士の兜を掠めた。
金属の衝突音が響いて兜の下の顔が顕になる。

「貴様、女だったのか?」

そして蘇る前世からの因縁。

「貴様の様な女には子を成すことなど未分不相応だな。そうやって剣を振るっているのがお似合いだよ。」

青の騎士は最速の突きを繰り出して来た。見事に甲冑の継ぎ目に突き刺さる。私はそれに構わず前に出た。ズブズブと剣が肉体を貫通していく、と同時に青騎士の首を刎ねる事に成功していた。首は五メートル程宙を舞い、コロコロと転がってこちら向きに止まった。見開いた目はこちらを睨んでいる様だった。

「貴様とは今世でも相打ちだったか、決着は来世で着けようぞ。」

第三章 あなた

あなたは僕の太陽です。その歌声、その踊り、その見た目、全てが僕の心を明るく照らしてくれます。あなたがまだ誰にも注目されていない蕾だった頃から、トップアイドルの仲間入りを果たした今に至るまで、僕は一貫して全てを捧げて来ました。
だからこの前の握手会、あなたの一言にはビックリしました。

「お前、気持ち悪いんだよ、近づかないで。」

最初何を言われたのか分からなかった。でも冷静になるに連れあなたの口から出たのは僕への悪態なのだと実感できた。
あの時あなたは前世の記憶を取り戻していたんだね。
僕らはかつて親子だったんだ。あなたは僕の脇腹を刺し、僕はあなたの首を絞める。僕はまだあなたを愛している。だけど殺したい程の憎悪が湧き上がって来ているのも事実だった。

僕はSNSにあなたの真実をぶちまける事にした。
あなたの人生を見守って来たのだ。ストーカー紛いのこともした。あなたの男性関係、裏垢での発言、あることあること全てだ。噂はあっという間に広がり芸能活動が出来なくなりましたね?あなたが誹謗中傷を気に病んで自殺をしたと聞いた時、今世ではついに勝利した事を知った。僕はこの騒動の張本人である事を告白し収監されることとなった。

私は単調な囚人生活を送っていたが、珍しく面会人が現れた。

「あなたは?」

「驚いたか?私が自殺する様なタマだと思ったか?芝居を打ったんだよ。お前を牢獄に閉じ込めるためにね。殺せないのは残念だが、今世では私の勝利かな?」

僕は表情を変えなかった。こうなる事が分かっていたから。僕は看守にあなたの秘密を話していた。ああ、その看守はあなたの熱烈な大ファンでね、僕の話を全く信用しなかったんだけど、もしも話が本当ならぶっ殺してやるって言ってたね。ほらほら、君の首を絞めるのに全く躊躇してないよ。
僕にはあなたの首を絞めるなんて事はできないからね。
ふふふ、怒りが収まらずにあなたの次は僕の首を絞めてるよ。今世でも引き分けだね。

第四章 お前

「お前、整形しただろ?なんで余計な事をしたんだ?」

「あら、他のお客さんには評判いいのよ、可愛くなったって。」

「前の方が、母さんに似てたんだよ。」

「あら?お客さんマザコンでしたっけ?」

「今の母さんじゃないよ。前世の母さん。」

そう言うと私はホステスの腹をナイフで刺した。

「母さん、今世には転生できなかったんだね?だから母さんに似た女を殺す事にしたよ。」

第五章 君

君は高校時代みんなの憧れの的だった。だから僕の告白にOKをくれた時、僕は天登った様な気分だった。

そして僕らの交際期間も五年を超えた。そろそろ結婚を意識した時、前世の記憶が蘇ってしまった。

君は今はまだ気付いていないだろう。僕らが何世紀にも渡って殺し合いをして来た事を。あんた、貴様、あなた、君、呼び方は変わっても必ず殺し合いを繰り返して来た。
きっと君も突然理由をつけて殺意を覚えるのだ。

それまで今を楽しもう。僕らはまだ愛し合っているのだから。

2/27/2024, 10:07:59 AM