みずくらげ

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『飛べ』

彼は静かに紙を折っていた。窓の外では、都市の空が剥がれ落ちるように崩れていたが、それを気にする様子はない。ただ黙々と紙を折る手に力を込める。それは特別なものではない、ただの古い繊維でできた、使い古された書類の裏面だった。こうして折っていると、いつも彼の心はすっと軽くなった。

その傍ら、窓の向こうでは、世界が音もなくほどけていく。
まるで誰かの手で丁寧に畳まれていた風景が、いま、逆順に解かれていくかのように。
ビルは輪郭を失い、空は紙片のようにめくれ、風は沈黙の粒子となって漂う。崩壊とは、爆音でも断絶でもなく、ときにこんなふうに、昔の夢を忘れていくようなやり方で訪れるのだと思った。

机の上にはすでにいくつもの作品が並んでいた。鶴。兎。蓮の花。見慣れた形だが、どれも微かに震えている。脈動しているのだ。

少年は、最後の折り目に指を添えた。
指先がわずかに震えたのは、寒さのせいか、それとも崩れゆく世界の鼓動を紙が吸っていたからか。
紙は、彼の小さな手の中で徐々にかたちを得ていく。尖った機首、折り込まれた翼、しっかりと軸を通した尾翼──。
それは、ただの紙でできたものだった。だが、彼の折った紙は、生まれたての小動物のように微かに脈を打っていた。

窓の外では、世界が静かに、しかし確かに崩れていた。
大地は音もなくひとつずつ色を失っていく。遠くのビルが倒れるのではなく、輪郭のまま透けて消えるのが見えた。
風は、もうとっくに止んでいた。
それでも少年は紙飛行機を握り、窓辺に立った。
手のひらの上で、紙飛行機がわずかに震えた。まるで、呼吸しているかのようだった。

そして、そっと手を離した。

風のない空間に、それはすっと滑り出す。少年はそれを見送った。
崩れてゆく世界の隙間を縫うように、飛行機はどこまでも遠くへ飛んでいく。
まるで世界そのものの終わりを引き連れて、旅立っていくかのように。

彼はそっと目を閉じた。
風はなかったが、その日、ひとつの「飛行」が確かにあった。

7/19/2025, 12:32:11 PM