桜井呪理

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「君と紡ぐ物語」

君と走る。

走る。

きっと、逃げられるはずだったのに。



君は僕のヒーローだった。

教室の隅で泣いていた僕を

消えてしまいたかった僕を

君は救ってくれたから

君は笑顔が素敵だった。

君の笑顔はひまわりが咲いたように眩しくて

しばらく目が合わせられなかったっけ

君は優しかった。

僕が君に告白した時

何回もつっかえてしまう僕を

優しく、笑顔のまま、

頷いて聞いてくれていた。

君は、そんな人だったんだよ。





「何か思い出した?」

「ううん、なにも、、、」

「そっかぁ、」

君は、変わってしまった。

今から一ヶ月前

居眠り運転の大型トラックが、
2人の男女に追突する事件が起きた。

その被害者が、僕たち2人だったらしい。

「悠人はその、私のこと以外に、何か覚えてないの?
 家族のこととか、自分のこととか、、、」

「わかんないなぁ〜」

何もわからない。

そう

僕たちは、

記憶喪失になっていた。

「ごめんね、全部忘れちゃって。
 悠人は私のことを覚えているのに。」

「そんなことないよ。
 だって僕は美空以外のこと覚えてないもん!」

力なく笑って、僕は答える。

美空は、変わってしまった。

昔みたいに笑わなくなって。

「ごめん、ごめんね。
 いっつも泣きたくなっちゃうの、記憶が戻らなかっ 
 たらどうしようって。
 家族からの連絡もないんだもん。
 ねえ、悠人の事だって、時々本当に事故の前から知       
 り合いだってのか、疑いたくなっちゃうの。
 最低だよねぇ、悠人は私のことを庇ってくれたの 
 に」

泣きじゃくりながら君はいう。

「大丈夫だって!
 そもそも僕だって家族からの連絡がないしさ。
 2人なら大丈夫!」

「悠人、、。
 ありがとう、いっつもいっつも私のことを慰めてく 
 れて、。
 でも、でも私のせいで悠人は、、。」

ああ、そんなこと気にしなくていいのに、と僕は思う。

あの事故以来、僕は右目を失った。

美空は自分を庇ったせいだと思ってるけど、きっとそんなことはないんだ。

僕は君の思うような綺麗な人間じゃないんだよ、きっと。

僕が事故の時に持っていた日記。

その中に書いてあった事実は、

受け入れ難いものだったのだから。

◯月△日
またお母さんに蹴られた
痛い痛い痛い痛い

◯月△日
クラスで泣いてたら美空って子が助けてくれた。
美空ちゃんも傷だらけだった。
お揃いだねって、笑ってくれた。
うれしかった。

◯月△日
いよいよ高校卒業の日。
やっとこの腐った場所から逃げられる。
美空も一緒だ。
今日の夜に家を出る。
きっと2人なら幸せだ。

めぼしい情報が書いてあるのは、だいたいこのくらいだろうか。

僕たちは決して思っているような人じゃなかった。

ただ幸せになりたくて逃げ出した、2人の少年少女だったんだ。

この事実を美空に伝えるわけにはいかない。

僕たちは、記憶がないんだから。

知らないままでいる権利があるんだ。

だから。

「ねえ美空。」

汚い事実を知るのは、僕だけでいいんだ。

「なぁに?」

「ここを退院したらさ、2人だけで過ごしてみようよ!
 いつまでも連絡のない親とか、自分たちの過去なん  
 て思い出さないで!」

「私達2人で、、?」

美空が戸惑ったような、それでいて希望を含んだような声を出す。

そう

これが僕の望むこと。

きっと記憶を失う前の僕がしたかったこと。

過去なんて知らない

これは僕たちだけの人生なんだから。

「それとも、僕と一緒にいるのが、そんなに嫌?」

僕は美空の手に指を滑り込ませて、意地悪く、でも優しく笑う。

「そんなことない!
 悠人とならきっと、きっと大丈夫。」

美空の表情が、変わった。

そう。

もっと笑顔でいいんだよ。

もう過去に縛られなくていいんだ。

せっかく忘れられたんだから。

せっかくやり直せるんだから。

でも

君が決心したなら、僕も決めなくちゃね。

そう思い僕は、日記に書き込まれたページを

思いっきり破いた。


これは僕らの物語。

誰にも邪魔はさせない。

今までのページは

人生は

全て破ってしまうんだ。

「でも、大丈夫かなぁ。
 全部忘れちゃっても、、、。」

そんな心配しなくていいんだよ。

「大丈夫!
 だってこれは
 2人で紡ぐ物語なんだから!」

僕は、美空の手を取った。













12/1/2025, 1:48:39 PM