夜の祝福あれ

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秋のホーム

風が少し冷たくなった朝、遥は駅のホームに立っていた。コートの襟を立てながら、彼女は遠くの山々が色づき始めているのに気づいた。赤、黄、橙——まるで誰かが絵筆で塗ったような鮮やかさだった。

「今年も、秋が来たんだね」

隣に立つ空のスペースに、遥はそう呟いた。そこにはもう誰もいない。去年の秋、彼と最後にここで別れた。彼は転勤で遠くの街へ行き、そしてそのまま、戻ってこなかった。

彼がいなくなってから、季節は何度も巡った。春には桜が咲き、夏には蝉が鳴いた。でも、秋だけは、彼の記憶が濃く残っていた。紅葉を見に行った山道、焼き芋を分け合った公園、そしてこの駅のホーム。

電車が滑り込んできて、遥は一歩踏み出した。車窓から見える景色は、どこか懐かしく、そして少しだけ新しかった。彼がいない秋は寂しい。でも、秋が来るたびに、彼との思い出が色づいていく。

それは、悲しみではなく、優しさだった。

お題♯秋の訪れ

10/2/2025, 3:30:18 AM