槙島驟

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「月がきれい、じゃ伝わらないから」

そう言った嬢は寒い気温のせいでしょうか、鼻や頬をほんのり朱色に染めていらっしゃいました。
先刻、月が本当に綺麗だったので、「月が綺麗ですね」とこぼしたのだが、いつぞやの文豪の告白のように嬢は捉えたのでしょうね。さあどうしたものでしょうか。

「お嬢、私はこの命、もとよりあなたに捧げる覚悟。星に願うだけでは物足りず、こうして月に願いを込めるのです」
「……なんて願うの?」
「あなたのためなら、『死んでもいい』と」

嬢は少し間を置いて私を小突きました。そしてまた、小さな声で繰り返したのでした。

「だから、伝わらないって」
「おやおや。私は最初からお嬢、月(ルナ)様のことを申し上げておりますのに」

イタズラに笑うと彼女は顔をもっと高揚させて怒ったように目に涙を溜めて私のループタイをぐいと自分の方にお寄せになりました。
小さな嬢の少し震えた柔い唇が触れました。外気にあたって最初は冷たさが伝わって、だんだんとお互いの熱が絡みました。

私と嬢は30cmの身長差がありましたから、嬢の背伸びに限界が来たところを抱き上げて月の見えるバルコニーを背に、年に一度しか会えない織姫と彦星が年に二回会うことよりも超えてはいけない一線を弾く音がいたしました。

5/27/2023, 12:47:22 AM