一つ、花を植える。
「これ以上増やしてどうするんだ」
呆れたような言葉は聞こえないふりをして。土を掘り、手にした花を一つ植えた。
ただ繰り返す。荒れ地に種を撒き、花を植えて。
撒いた種が芽吹き、花咲いて。植えた花が実になって種を飛ばし。
こうして荒れ地が一面の花畑になってなお、花を植える事を止める事が出来ない。
「いつまで、続ける」
いつまで。その言葉に顔を上げる。
昔は彼らのために鳴いていたというのに、今になってそれを問われるとは思わなかったと、思わず笑う。
「いつまでも。ワタシが消えてなくなるその時まで」
答えは気に召さなかったらしい。
元々不機嫌だった顔がさらに不機嫌そうに顰められる。低い唸るようにおい、と呼ばれ首を傾げて戯けて見せた。
「いいじゃあないか。そもそも彼らの屍の前で鳴くしか出来なかったワタシに土を掘らせて亡骸を埋め、花を植える事を教えたのはオマエだ」
「それはお前があまりにも煩かったからだろう。俺のせいにするな」
「なんだ。さいしょに花を植えたのは寒緋《かんひ》なのか」
彼の側で花を編んでいた幼子が、くすくすと笑う。
彼の姉だという幼子は、下げさせた彼の頭に編み終えた花冠を乗せ満足そうに頷くと、再び花を編み始めた。
「姉ちゃん」
「それで聞こえるようになっただろう?眠る者たちがのこしていった声が」
不機嫌から一転して困った顔になった彼は、昔とは大きく異なり目を瞬く。
そういえば酒の匂いがせず、昔は常に持ち歩いていた酒瓶がない事に、今更ながらに気づく。
酒で誤魔化さずとも常を保っていられるようになった彼に、どこか不思議な気持ちですごいな、と呟いた。
「煩せぇ。姉ちゃんはすぐに手が出るんだ。仕方ないだろ」
「寒緋がわるい。こわれる度にたたいて直してやっているんだ。逆にかんしゃしてほしいくらいだ」
姉ちゃん、と情けない声に再び目を瞬く。
家族とはこうも簡単に人を変えられる事が、とても以外だった。
植えたばかりの花を見る。その下で眠る彼らもかつては家族、仲間と共に笑い合い、互いに鼓舞し合っていた事を思い出す。
彼らがここで生きていた記憶は、長い時間で随分と色あせてしまった。彼はまだ覚えているのだろうかと視線を向けると、眉を寄せ複雑な表情をしているのが見て取れた。
そういえば、花冠を乗せた幼子は声が聞こえるようになると言っていた。その声に思う所があるのだろうか。
不思議に思って見ていれば、編んでいた花冠が完成したらしい幼子がこちらに近づき、彼と時と同じように頭を下げろと促してくる。
「なんで」
「いいから、さっさとしろ」
「諦めろ。姉ちゃんは一度決めた事は曲げないからな。それにこれはお前も聞いていた方がいい」
訳も分からず、けれど逆らう事も出来ずにおとなしく頭を下げる。
かさり、と乗せられた花冠に、これからどうすべきかを考え。取りあえずは礼でも述べておくべきかと頭を上げかけて。
声が聞こえてきた。
穏やかな、楽しげな、賑やかな。
優しく、愛おしく、懐かしい。
ここで生きていた彼らの、忘れかけていた声がした。
「これ、は」
「ここで眠っている者がのこしていった声だ。体は土にかえり、魂は常世からまた現世に戻っているが、それでもわずかにのこるものもある」
それがこの声だとでも言うのだろうか。一切の負の感情を抱かない、生きていた頃と何の変わりもないこの声が。
「そんなはずは、ない。あんな、一方的で、惨い…だから、こんなのは」
声が聞こえた。
感謝を告げる声。ありがとう、とたくさんの声が聞こえてくる。
「なんで。ワタシは何も出来なかったのに。せめて弔ってほしいと訴えても誰も応えてはくれず。いつまで、と鳴く事しか出来なかったのに。無力だったワタシに、どうして感謝を」
「経を上げる事だけが弔いじゃねぇ。誰かを想い、その死を悼む。お前の行いは弔いと同じ事だ」
花を植える、それだけでいい。
鳴く事しか出来ぬ己の前に現れた、酒と血の匂いを纏ったあの日の彼の言葉。
思えば最初から変な男ではあった。己を見ても顔色一つ変えずに嗤い。いつまで、と鳴き続ける己を煩いと言いながら、共に土を掘り亡骸を埋めて。それでもいつまで、と鳴き止まぬ己に花を植える事を教えた男。
思い返して、目を閉じ。可笑しなものだと笑った。
「相変わらず、変な男だ」
「お前こそ変な妖だろ。俺の言う事をすべて素直に聞きやがるなんて気持ち悪い」
「すなおな事が気持ちわるい事ならば、寒緋はとても気持ちがわるいな。近づかないでくれ」
「姉ちゃん」
情けない声を上げ幼子に縋る彼に、さらに声を上げて笑う。
呆れたように幼子も笑い、気まずげながらにも彼も笑って。
聞こえる声達も、それぞれに笑っていた。
「やはり、ワタシはいつまでも花を植えよう。こうして訪れる者がいる限りはいつまでも」
「いつまで、と問う妖が、いつまでも、と答えるなんざ、本当に可笑しなもんだな」
「いいじゃあないか。なくよりはいい事だ。寒緋よりもずっといい」
最早泣きそうな彼を笑いながら彼の腕に乗る幼子は、その実彼をとても大事に思っているのだろう。
ではな、と別れの言葉と共に背を向け去って行く二人を見送り、一面に咲く花を見渡した。
ざあぁ、といたずらな風が花びらを舞わせた。翼腕を揺すり鱗を撫で上げ、花冠を空へと舞上げる。
舞う花びらと花冠を目で追って、追いかけるように空を飛んだ。
くすくすと、楽しげな声がいつまでも聞こえていた。
20240918 『花畑』
9/18/2024, 11:17:23 PM