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奇跡をもう一度

初めて会った時の記憶なんて正直に言ってない。何度か会う内に(いつもいるなぁ)と思うぐらいの客同士。向こうもそんな感じの印象だったらしい。直接絡んだ記憶もあまりなくて、だいたい恋人に振り回されている現場しか見たことがないような、そんな気すらする。あと酒飲み。ザルを通り越してワク。そんな人。

「飼い主が欲しいんですよ!あ、変な意味じゃなくて、警察犬とトレーナーみたいなパートナーの意味合いですからね」

確かバーに通い始めて数ヶ月でそんなことを口走った気がする。言葉に嘘は無かったからか、それともこのバーが色々おかしいのか「分かる!」と言われたのは一人や二人じゃない。キャスト側も「そう、恋人じゃないんだよねぇ」とかそんなことを言っていた。
今までの自分の人生において”恋人”という肩書きの人は何人か居たが、向こうから近寄って来て、向こうが去っていくのを繰り返した。最初に説明しても受け入れてはくれるが、実感してくれる人は居なかった。。

「あなたが思う恋人の関係は築けない」

そう伝えたところで「分かった」とは返ってくるものの、毎回最後は「思ってたのと違う」だの「本当に好きなの?」だの言って去っていく。だから説明したんだよ。自分には”恋愛感情が無いし性欲も無いんだ”って。それなのに根拠の無い自信で「大丈夫」とか言っておいて結局ただただ穏やかな関係性に耐えられなくなるんでしょう?好きなものを嫌いと言ってしまう程子供ではないけれど、好きではないものを好きと言える程大人ではない自分も悪いのかもしれないけれど。

「どうもフラれたんだよ」
「あぁ、通りであの荒れ具合」
「ヤケ酒にも程があるけどね」
「今までになく大荒れでは?」

話は現在に戻って、1年と少しぐらい前。その時点で君とはバーで会えば声を掛けて隣に座る程度の仲にはなっていた。でも人が多ければその時空いてる席に座る程度の、ご飯に行こうって言い合っているのに全然連絡先を交換しない程度の関係性。その頃君には恋人がいたけれど、何やらフラれて荒れに荒れているというのを人伝いに聞いたし、実際目撃もした。でもそんな失恋をイジれはしない、そういう関係性。
ともかく、君がフリーになったのだと知ったのはそこで、その時点で自分は君と一緒になる算段をつけて行動を始めたのだけれど、今思えばなんでそんな考えに至ったのか自分でも分からない。タイプでもないのに。

奇跡は偶然の頂点とも言うけれど。君にとっては不運が重なった頂点があの頃で、自分にとっては幸運が重なった頂点があの時だったんだと思っている。確かに自分も努力はしたけれど、君がその間に新しい恋人を作らなかったのは奇跡なんじゃないかって。だからもう奇跡は起きないかもしれないし、今この瞬間も君と過ごせているのは奇跡の連続なのかもしれない。どっちにしたって、奇跡をもう一度なんて他人事にするつもりはないけどね。

10/3/2024, 1:13:22 AM