月凪あゆむ

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凍える指先

 彼は、手が冷たい。氷のように。
 私は、手が暖かい。陽のように。

 だから、ふたりで手を繋いでいた。

 マフラー越しの冷たい風に、ふふふって、一緒に笑って。
 寒いからね、って、当たり前に手を繋いでいた。
 でも、もうその必要はないの。
 彼は、同じ「手が冷たい」ひとを見つけて、選んだ。
 そして私に、「手が暖かい」ひとを探すように言い、目の前からいなくなった。
 私は、暖かくなくてもいい。冷たい手の人を、求めてたんじゃないの。
 ただ「貴方」がよかったのに。


 今日も、彼と出会った場所へと来てしまう。なんの望みも見つけられないのに。
 道を行き交う人混みに、まだ彼を探してしまう。

 ――寒い。さむい。サムイ。
 ふと、どうして寒いのかと、空を見上げたら。
 それは日差しのない、暗い空だった。まるで、私の心みたいにどんよりしている。

 ――あぁ、私も、手が冷たくなってきた気がする。

「わあ、さむーい」
「ね。こんな日は、おうちに帰ってこたつに入るにかぎるよ」
 それは、道行く人の会話。
「ねえ、『手が冷たいひとは、心があったかい』って、ほんと?」
「わかんないけど、そんなんじゃないと思うよ」

『わかんないのに、断言するんだ……』
 なんて、会話にポツリとつっこむ。もちろん心のなかでだけど。

 声は、続いた。
「だって、それ言っちゃうと逆に『手があったかいひとは、心は冷たい』なんてなっちゃうよ? それは、かわいそうじゃない」
 息が止まった。
 ――あぁ、私、可哀想なんだ。
 彼にも、そんな風に見えていたのかな。だから、慰めてくれていたのかな。
 それはなんて、滑稽なことだったろう。
 冷たい涙が、ゆっくり頬を伝う。
 でも、声はそこで終わりではなかった。

「手が冷たいひとも、暖かいひとも、なんにも違わないよ。ただ、夏に冷たい手が活躍するか、冬に暖かい手が活躍するか。それくらいの違いだよ」

 その声は笑っていた。横目で盗み見る。
 声の主たちは、白い息を吐く女性と子どもだった。風が冷たいのに、ふたりは楽しそう。人混みに紛れていない。

 ――あれ?
 そういえば私、どうして「手が冷たい彼」ばかりを想ってるのだったろう。
 
 頬を伝う涙が、ぽちゃんと、地面に落ちる気がした。
 それはたぶん、「我に返る」に近い状態だと思う。そう、思い出したの。

 なにも、「彼」以外にも好い人はいる。ここで、手を凍えさせる必要は、どこにあったのか。
 私、かなり周りが見えていなかったんだ。


「あの、すみません」
 ふたりに声をかけてから、近くにあった自販機で、あたたかいココアを2缶買って見せて。
「これで、よかったら温まってください」

「え、え? あの……?」
 もちろん、ふたりはわけがわからない、と首をかしげた。
 長く風にさらされたせいで、凍える私の指先。一瞬だけ相手の指に触れた。やっぱり冷たい。

 いいの。

 これは自己満足みたいなものだけど。ふたりには気づかせてくれたお礼だから、と。
 よく考えたら、ほんとに私は、なにをしてるのだろう。まあ、いいか。
 空はまだ暗いけど、そんな日もあるでしょう。

 うちに帰って、久しぶりにこたつを出そう。
「私も、ココア買おうかな」
 それで、私も温まろう。
 吐いた息は白い。でももう、涙は伝わなかった。

 彼もきっと、どこかで暖まっている。なら、私も私を温めよう。

12/10/2025, 3:32:39 AM