【目が覚めるまでに】
春歌の目が覚めるまでにやっておくこと。
隣に体温がない寒さに慣れる。
くだらない内容のつまらない話を聞いてくれる人を探す。
今までより退屈な時間が増えるだろうから、趣味でも見つけた方がいいかもしれない。
あくびをすれば夜更かしするからだと、食事を抜けば身体に悪いと、わざわざ小言をくれる人は貴重なので、自分のことは自分で気にかけてやるようにする。
体調が悪くてどうにも耐えられないときは、気づいてくれるのを待って我慢するんじゃなくて、自分から誰かに打ち明けて休む勇気を持つ。
それから。
それから。
指折り数えて、夜雨はため息をつく。
たった一人が傍を離れるだけで、自分への影響がひどく大きい。やらなくてはいけないことを考えるだけで、その多さに疲れてしまう。
けれどいつかは春歌の目も覚めてしまうだろう。
子供は大人になって現実を知り、幼い時分を思い返してはあの頃は夢の中にいたのだと懐かしむ。夢の中の登場人物など、現実を生きているうちに忘れたことすら気づかず消える。
春歌の目が覚めるまでに、覚悟を決めておかなければいけない。
暗いところで小さく丸まって、このままずっと目が覚めなければいいのにと願う自身のことは、気づかないふりをしなければいけない。
ああでもいっそ。
夜雨は夢想する。
春歌の目が覚めてしまうその直前、誰にも触れられない場所で眠りについて、そこを永遠にしてしまいたい。
8/3/2023, 9:15:07 PM