なのか

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「静電気ばちってさせるのやりたい」
助手席に座っていた先輩が突然そう言い出した。詳しく聞けば、昼間に観ていたテレビ番組で特集が組まれていたらしい。
「一人でやってくださいよ」
闇に浮かぶ信号を注視しながらハンドルを切る。特に目的地のないドライブだから、どの道を通るかでいちいち悩んでしまう。深夜一時を回っているので車通りが少ないのが、唯一ありがたいことだ。
「えー、やろうよ」
「やりません。意外と痛いんですよあれ」
忌々しいことに、十一月も半ばを過ぎて本格的な冬が到来しつつある。静電気とは長い付き合いだけれど、一向に仲良くなれる日は来ない。
隣から聞きなれない音がし始めたのでちらと見やると、先輩はセーターの裾を掌まで引っ張りあげて、懸命に左右の手を擦っていた。摩擦によって帯電させようとしているのだろう。
「セーター伸びますよ」
「それは困る」
すぐさま手を止めて、先輩はセーターに謝罪をした。そんな謝罪ではセーターも納得しないだろうという実にラフなものだったけれど、それは当人同士の問題なので黙っておく。
「新しいやつですか」
黄色は止まれだ。段階に分けてブレーキを踏んでいく。車が停止するまで返事がないので不安になり隣を見てみると、先輩もこちらをまじまじと見ていた。
「何の話?」
「セーターの話です。去年は見たことないやつだなと思って」
風船から空気が抜けた時のような返事があった。
「これね。実は君のセーター」
先輩は何故か助手席の窓に向かって話しだした。
「先輩が着てるじゃないですか」
「正確には、君のクリスマスプレゼントになる予定だったやつ」
先輩の着ているセーターを改めて見る。
「そのふわふわモコモコがですか?」
「文句あるのか」
「特には」
先輩が前方を指さした。見ると信号が変わっている。少し慌てがちにアクセルを踏み込み、車はのっそりと走り出した。
「ほら、あるでしょ。写真で見るとめちゃくちゃ美味しそうなのに、いざ手元に運ばれてくるといまいちなパフェとか」
実体験のありそうな例え話だ。
「作ってみたはいいものの、イメージより小さいのが出来ちゃったって感じ」
感じも何も、そのまま全て言った気がする。
言われてみれば、男性向けファッションにありそうなモノトーンの配色をしている。
「似合ってますよ」
「取ってつけたように褒めるな。褒めるならちゃんとやって」
「ふわふわモコモコが、普段サバサバした感じとのギャップ萌えでとても良いです」
肘掛けに乗せていた左腕に、先輩が自分の腕を擦り始めた。
「悔しいから静電気を貯めてやる」
「やめてください」
「観念しやがれ」
言いながら、先輩が手を強く握ってくる。静電気はおろか、特に何も起きなかった。
「手、暖かいね」
「ひんやりしてて鳥肌立ちました」
「よし、そこのコンビニに入れ。でこぴんしてやる」
特に逆らう意味も無かったので素直に従う。広いスペースがあると駐車が楽だ。ヘッドライトを消して、エンジンを切る。
「何か買いますか?」
「暖かい飲み物」
先輩がドアを閉めたのを確認して、運転席の扉を閉めようとした時、中指に一筋の痛みが走った。
「いてっ」
反射的に声が出てしまう。別に痛みがなくなるわけじゃないのに、意味もなく手を振った。
「天罰が当たった」
「別に悪いことしてないんですけど?」
先輩が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「仕方ないからでこぴんは許そう。代わりにココア奢って」
「『許す』って、難しいですね」
「簡単だよ。たったの二百円だし」
車の鍵を閉めてから、どちらともなく手を繋ぐ。残念ながら、静電気は流れなかった。

11/24/2023, 8:02:27 PM