るね

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BLです。長いです。BLが苦手な方は回避してください。すみません。
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【ささやき】






「好きだよ、ルシアン」
 そうささやき、僕に抱きついてきた男の名はシリルという。侯爵家のご令息であり、怪我なんてさせられない相手であり、突き飛ばすことを躊躇した。

「やめてください。僕は男です」
「わかってる。でも、私は三男だし、この国の法律は同性婚を禁じていない」
「……それは、そうですが」

 シリルは令嬢たちが見惚れるような笑顔を僕に向け「私との縁談、考えてみてよ」と言ってから僕を解放した。
 そして実際、僕の家にシリルの実家の侯爵家から婚約の打診があったのだ。

 僕は子爵家の子息である。互いの地位や力関係を考えたら、断れない話だった。それでも、僕はすぐには頷けなかった。男同士なのが嫌だからじゃない。

 僕も貴族だ。家のための政略結婚くらい覚悟している。しがない子爵家が侯爵家との繋がりを得られるのならすごいことだ。シリルの申し出を受け入れれば、僕は父の役に立てる。

 問題は僕の血筋。僕は子爵の次男ということになっている。でも本当は父の血を引いていない。じゃあ誰が僕の父親かと言うと、この国の国王陛下である。

 他国の姫を王妃として迎える直前、国王陛下を騙して媚薬を飲ませた侍女が僕の母親だったらしい。母は王が口にする物に異物を混ぜたという理由で投獄され、存在を消されたあと、懐妊がわかって。子供に罪はないからと、僕は秘密裏に養子に出された。

 でも。僕は国王陛下そっくりに育ってしまった。ゆるく波打つ金髪も、王族に多い鮮やかな緑の瞳も、少し垂れた目尻も、並べば言い訳できないくらい血縁者にしか見えない。だから変装用の魔導具を常に身につけて、茶髪に青い目という姿に偽装している。

 誰かと深く関われば、僕の問題に巻き込んでしまう。僕は、恋人も婚約者も作る気がなかった。命じられればともかく、自分からは。そこに今回の縁談だ。

 シリルは毎日のように僕を口説いてくる。学院では寮暮らしだから居場所なんてすぐにバレるし、クラスメイトだし、逃げ場がない。仲の良い同級生からは「諦めろ」と苦笑された。

 熱心に口説かれて、結局、僕が折れた。婚約を受け入れて、学院を卒業したらすぐに式を挙げることになった。

 僕と結婚したシリルは、父親である侯爵が持っていた爵位をひとつ継承して伯爵になった。おかけで僕は伯爵の伴侶である。
 仲は良いと思う。
 シリルが愛情表現を惜しまない人だから、友人からは「暑苦しい」とか「見ていて胸焼けがしそうだ」とか言われる。

 結婚して二年が経とうかというある日。
 僕は聞いてしまったのだ。伴侶であるシリルが僕の養父と二人きりで話しているのを。

「ルシアンが王子として担ぎ出されることはもうないでしょう」
「そうだな。同性の伴侶がいる男をわざわざ王族に戻そうとする者はいないはずだ」
「あの子の平穏のために、ありがとうございます。シリル様」
「気にしないでくれ、子爵。この婚姻は陛下のご意思でもある」

 つまり。シリルと僕の結婚は。僕が王位の継承に首を突っ込むことがないように、僕の本当の父親が国王陛下だと気付く誰かがいても問題を起こせないように、男と結婚しているという事実を作るためのものだったのだ。

 ショックじゃないと言えば嘘になる。だけど、僕が王子だと知られたら厄介なことになっていたのは確かだった。






「ルシアン? 何かあった?」
「あ……えっと」
 心配そうな顔をしている伴侶に、僕は話を聞いてしまったと打ち明けた。
 シリルが「ああ……」と呟いて、苦い顔をした。

「まさか、私が陛下に命じられて君を口説いたとは思っていないよね?」
「…………違うの?」
「違う」
 シリルは僕をじっと見つめた。
「私の方から陛下に直訴したんだよ。君が欲しいって」

 僕の立場はあくまでも子爵の子息で、国王陛下との関係は隠されていて。それなのに、そんな藪をつつくような真似をして……よく無事だったな、この人は。

「まさか、私の気持ちを疑ったりなんて、していないよね?」
 耳元でそうささやかれて、抱き寄せる腕の力の強さに危機感を覚えた僕は、必死に伴侶を宥めたのだった。




4/21/2025, 10:44:40 PM