撫子

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 髪を切りたいわ、と微笑むかげろうのごとき貴女。髪を切ってどうなさるの? と私が訊ねると、夜の色をした瞳が三日月の形に細められた。
 ──どうってあなた。この髪を切ってね、それを土に埋めるの。少しくらいなら平気だから、そんなお顔をなさらないで。そうして、新しい世界でもあなたが寂しくないように、白百合の花として芽を出すのよ。いっとう好きだと仰っていたものね。ね、あなたが切って下さるでしょう?

 明日、嫁ぐ娘の遺言のような言の葉たちが、まるで五月雨みたいな優しさで降り注ぐ。
 もちろんよ、と答える私は、きっと家に着いたら、雷鳴轟く夕立のように泣くのだろう。それであなたを引き止められるのなら、こんな世界押し流すほど泣いてあげる。
 さようなら。かつて、皆に祝福されてはにかむ花嫁の白無垢を見て、死に装束だとこぼした貴女。

(明日世界がなくなるとしたら、何を願おう)

5/6/2023, 6:33:54 PM