Kanata

Open App


 忘れられない、というと過去の恋人や片想いの相手なんかが発想されるが、そんな想い人はいない。
 当時、自分を見失う程好きだったとしても、何年もの月日が流れればちゃんと過去になるものだ。

 本気で忘れたいのに忘れられないのは、良い思い出ではなく、嫌な思い出の方だ。
 あの時言われた傷つく言葉。
 否定や誤解。
 馬鹿にした態度。
 自分の失敗。至らなさ。
 犯した過ち。
 そういったものが、例えばシャワーを浴びている時、スマホを見ている時、ふとしたキッカケでフラッシュバックするように蘇る。
 穴があったら入りたい、この場から消えたい、そんな感情に襲われる。誰にも責められていないのに、誰かに言い訳したいような気持ちになる。もしくは、あの時のあいつに一言も二言も言い返してやりたい衝動に駆られる。
 どろどろとした部分。忘れられるなら忘れたいもの。

 忘れられないのだろうか、いつまでも。こうした記憶を思い出さないようにすることはできるのだろうか。
 ある本で、PTSDの治療に、記憶を思い出す回路を書き替えることでフラッシュバックを軽減する研究がある、というようなことを読んだ。
 もしも回路を書き替えられるなら、私は書き替えるだろうか。そこまで考えて、ふと思う。いや、自分の失敗の記憶は、また同じ失敗をしない為にも覚えておきたい。嫌なことを言われたことも、また同じような状況に陥らない為に覚えておく必要がある。何かを消せるのなら、自分の記憶ではなく、そういうことがあったという事実を消したい。相手の記憶から消えたらいいのにと思う。けれどそれはむりだ。忘れられないなら、自分で癒し、乗り越えていくしかないのだろう。
 
 本当に忘れたい記憶は、なんだろうか。それがないのなら、幸せなことなのかもしれない。


『忘れられない、いつまでも。』

5/9/2024, 7:16:03 PM