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海へ。

_お前はいいなぁ。


6畳の部屋の片隅にある,水槽の中に居る金魚に言った。


ゆらゆらと、気持ち良さそうに水の中を泳ぐその姿に,私は昔の夢を思い出した。


_人魚姫


誰もが1度は見た事のある,あの童話。私はそれに憧れたのだ。

人魚になりたかった。例え、泡となり,消えていってしまう存在でも。



ふと、人魚の見ていた景色が気になった。
そう思った時には、車を走らせていた。
目的地はもちろん。海だ。




時刻は夜中の2時。夏とはいえ、日が落ちたこの時間帯は,幾分か過ごしやすい。


歩くと、ギュッギュッと砂浜が鳴いていた。サンダルに砂が入る。どうせ濡れるのだ。脱いでしまおう。



海水に触れると,とても気持ちよかった。風が吹き、塩の匂いがする。


膝まで浸かると、先程感じていた暑さも無くなった。


肩まで浸かった。ここまで来れば。膝を曲げるだけで顔まで沈める。



_沈める。のに。



怖気付いたのだ。何故か分からない恐怖が襲ってきたのだ。


_息が吸えなくなった。当たり前だ。暗かった。当たり前だ。広いと思っていた海が。狭く。それでいて,沼の様に深く見えていた。


ぁあ。うちの金魚はこんな気持ちだったのか。あの童話の人魚姫はこんな気持ちだったのか。

自由なところから、檻に閉じ込められた子達は。どんな思いで泡になるのか。

8/23/2024, 12:42:20 PM