彼女は行ってしまった。
誰も彼女を知らない、遠くの街へ。
それは、悲しみを一人で背負う悲劇のヒロインだ。
「私、居なくなるんだ」
その言葉の意味が最初分からなかった。
例えば病気や寿命で死んでしまうとか、親の海外赴任がきっかけで転校を余儀なくされるとか。そういう訳じゃない。
「存在が無くなるの」
消えるんだ。
記憶からも、記録からも。文字通りの意味で。
一種の幻であったかのように。
不思議で、でも寂しくて。
信じる他無かった。
足の方が薄らと存在を否定するみたいに消えている。
「急にいなくなったら寂しいじゃない? だから、私を誰も知らない所まで行ってひっそりと消えて無くなる」
死ぬ直前の飼い猫のようだと思った。
一日、一日と時が過ぎていく。
寂しい事が、知覚できない寂しさ。
何もしてあげられない無力感。
そして───。
「あれ……ぼくは何を考えていたんだっけ」
書く事を忘れた。だからここで終わる。ただ心の一部が抜け落ちたような、喪失感だけが、ぼくの胸の中で蔓延り続けていた。
3/1/2023, 3:26:38 AM