かたいなか

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「……栗の木の童謡しか思い浮かばねぇ」
大きな栗の木の下?栗拾いのハナシでも書くか?某所在住物書きは、今日も今日とて、難題に挑む受験生の心地でスマホと向き合っている。
あなたとわたし、出題者と回答者。せめてもう少し難易度を下げた出題が欲しいところ。
「まぁ頭のトレーニングにはバチクソ丁度良いけど」

つまり、物語には「あなた」と「わたし」の2名以上が必要というワケだ。物書きはガリガリ頭をかきながら、基本設定を詰めていく。
「……いや『多重人格』だったら1人で事足りる?」
物書きはふと、変わり種だの、からめ手だのを思いつき、しかしその書きづらさに結局挫折した。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、非常に神妙な顔つきで、
コロコロ、ころころ。ベッドに粘着ロールクリーナーをかけている――前回投稿分に似た構図だ。
部屋の床には一旦退けられて、クリーナーの順番を待っている某アタタカイウォームの毛布。
複数箇所にくっついているのは獣の毛。稲荷寿司の黄土色と白米の白を連想させる狐の夏毛。

毛布の隣では子狐がスケッチブックを首から下げて、マンチカン立ちで静止している。
スケッチブックには桔梗色のクレヨンでぐりぐりされた、判読困難ながらこのような文言。

『いつも あそんでくれて ありがとう』

――今回もさかのぼること、数十分前。
その日も藤森は己の居城であるところのアパートで、翌日の仕事の準備をしていたが、
遅々として進まず、いっそ進み具合について諦めの境地に達しており、その理由が前述の子狐。
どだだどだだ、ばびゅん!
子狐は己の前あんよと後ろあんよでもって、風のように全力疾走し、床を蹴り、跳躍。
藤森の膝の上に1〜2kg程度の己の体重を、
もふん!綺麗に着地させて即座に反転。
藤森に背中を向けて、尻尾をびたんびたん。
前方へ投げてほしいのだ。

藤森は虚無の目で、ぽぉん!子狐を放り投げる。
夏毛の抜けきらぬモフモフは美しい弧を描き、毛布で温かく整えられたベッドに着地。
子狐がまた全力で、藤森の膝に戻る。
藤森は子狐を再度、再度、さいど。ベッドへ放る。

ベッド、膝、ベッド、膝。
「もっかい、もっかい!」
あなたとわたし、わたしからあなたへ。
前回投稿分で「人の部屋のクッションを破壊しても、良いことは何も無い」と学習した子狐は、
物を破壊しない方法であれば、この部屋の主は己と問題無く遊んでくれるだろうと認識。
「もっかぁあい!!」
ベッドに放り投げられる浮遊感と、ベッドに着地する弾力性を、ことさらに気に入ったのだろう。
子狐は藤森に何度も、何度も、なんども。この浮遊と落下のアトラクションをせがんだ。

これで20回目である。

「こぎつね。そろそろ、私も仕事をしたい」
21、22、23。
投げて、戻ってきて、投げて、戻ってきて。
あなたとわたし、あなたがわたしのもとへ。藤森のルームウェアは夏毛の抜け残りでいっぱい。
ベッドも同様の惨事である――寝る前にコロコロの往復が必要となるだろう。
今回はクッションを破壊されて中から柔らかい雨を降らされているワケではないので、前回の掃除よりは、まぁまぁ、ラクでは、あるかもしれない。

「しごと」
くわわっ。くわぅ。
日本語を話すコンコン子狐、こっくり首を傾けて、
「しごとは、ショクバ、職場でするものだって、ととさん言ってた。ここ、ショクバじゃない!
だから、しごとない。しごといらない」
最強の子狐論理で、藤森を論破してしまった。
「もっかい、もっかい!ベッドに、なげて!」
子狐の2個の真ん丸宝石が、コヤンと光った。

藤森は深い、長いため息を吐いたが、表情は穏やかで、そこには少しの微笑があった。
反論を断念したのだ。 子狐の遊びざかりに藤森自身の幼少期を――田舎の山野で駆け回っていた頃のやんちゃを見て、懐かしんだ結果でもあった。

「そうだな」
再開される「あなたとわたし」、ベッドと膝。
「そうだ。 ここは、職場ではない」
防音防振の床を、子狐が駆け抜け、藤森の膝に戻ってきて、ベッドへと離陸――着地。

最終的に藤森が子狐を30回ベッドに投げて、子狐が満足したところで、物語は冒頭へ。
コロコロ、ころころ。粘着ロールクリーナーによる掃除が開始されることになる。

11/8/2024, 3:50:08 AM