NoName

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記憶がいる。私は行くなと言うが、記憶は私に小さな水晶の欠片を渡して微笑む。もう二度と戻るつもりはないそうだ。記憶の流れ着く浜辺とは、そんなに良いものなのだろうか、私とここにいるよりも。
記憶は首を横に振る。欠片を私に握らせる。それはひんやりとして、やがて体温に馴染んでいく。忘れたことさえも、忘れてしまうのだ。行くな。どこにも行くな。お前の魂なんか貰っても、何も嬉しくない。
記憶は掌の中で初めて口をきいた。
私の教えた詩だった。

「さよなら、どうかお元気で」

8/20/2024, 12:16:20 PM