心だけ、逃避行
横にいる彼から、息を吸う音が聞こえた。
「思うに、それって救命信号なんだと思うよ」
「救命信号?」
共に堤防に座る彼はずっと海の先を見つめている。
「そう、救命信号。だから、待ってるね」
彼は、そう言って僕の方を向いた。
大きく開かれている彼の目。ギラギラと輝く黄色の瞳が、僕を見ている。
「またね。」
彼は一言、そういった。
退屈な毎日、だと思う。
夢なんかとうに消え去って、本当に夢になってしまったそれは、くだらない空想として頭の中を回っている。
すぐ横をトラックが走ってきた。トラックを運転する男の人の目はどこか虚ろだ。
トラックが通り抜けた頃に、生ぬるい風が襲ってきた。湿気とガソリンを纏う風は湿っぽくて臭くてなんだか嫌だ。
目の前はずっと道だ。アスファルトで舗装された、いつもの通学路。
じわじわと額から、背中から、腕から、汗が流れるのを感じた。
アスファルトに跳ね返された太陽が、酷く襲いかかってくる。
ああ、暑い。
来る年来る年、人の予想を超えてやってくるこの夏は、どれだけ人を置いてきぼりにすれば気が済むのだろう。
高校三年生の夏だ。『将来のやりたいこと』はとうに決まっている。
「なんで海に浮かんでるの」
「うーん、釣り?」
「…なんで餌の方をやってんだか」
ははは、と彼は軽く笑った。
「調子はどう?」
「暑いよ」
「ふーん…」
彼はボーッと空をみつめている
7/12/2025, 4:37:21 AM