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「狭い部屋」

最悪だ。腹を下してトイレに入っている間に最終バスが出てしまった。一刻も早く目的地に着きたいが、命の危険は避けたい。この街に泊まるしかないようだ。

一軒だけの宿屋には商人とわずかばかりの観光客だけだ。部屋はある。狭い部屋と広い部屋どちらか選べという。狭い部屋は一人部屋だ。ならば狭い方がいい。

鍵を受け取り、案内された部屋に入る。一応トイレとシャワーはある。一人用のベッド、壁に備え付けのテーブル、椅子が一脚それがすべてだ。廊下側ではなく外に向けて小さなドアがあったが気にはならない。こんな小さなオアシスで空き部屋があるだけでありがたい。

シャワーを浴びベッドに寝転んだ。明日一番のバスに乗るために早めに寝ることにする。狭い部屋と言われたが、一人で寝るには十分だ。

うとうとしていると何やら物音がする。気配もする。泥棒か、と起き上がるとベッドの周りが羊で埋め尽くされている。パタンと外に通じるドアが閉まった。どうやらこの部屋は羊と兼用らしい。

見回すと部屋の隅にいる子羊と目が合った。手招きすると他の羊たちの背中を踏みながらベッドまで来た。ここに乗れとベッドをトントンすると素直に乗った。背中をさすってやると足を折り眠る体制になった。

そいつに抱きついて寝ることにした。それを見ていた他の子羊がベッドに乗ってきた。背中の位置に来たのでちょうどいい。夜は冷える。天然の布団だ。

狭い部屋も悪くない。

6/4/2024, 11:49:02 AM