-ゆずぽんず-

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静かな客車で揺れも音も僅かばかりもせず、疲れと安心感からくる眠気に抗えず船を漕ぐ。車窓から外を見れば流れ早く移ろう街の景色に、今どの辺を行くのか検討もつかない。やがて寝ぼけた頭もこの新幹線のように早く回り始め、理解した時には後悔と虚しさに襲われた。そうか寝過ごしたのか、果たして次の駅はどこなのだろう、無事に家に帰り着くことは適うのだろうか。

六日前の仕事終わり、アパートに戻るや颯爽とシャワーを浴びて身支度を済ませた。遠方で暮らす恋人の実家へ泊まりに行くため、少しの緊張感と楽しみにしている心は未だか未だかとこの日を待っていた。泊まりが期末またのは更に三ヶ月前のこと、「「お母さんとお父さんに、彼氏が泊まりに来るから」って伝えたから。親戚にも伝えたら皆楽しみにしていたよ」
と恋人から伝えられ、知らぬところで決定していたことを知った。
アパートを出て、バス乗り込み駅を目指すときも心の中では様々な気持ちが巡っていた。お義父さんは私と同じ業種で、頑固でとても厳しく以前の彼氏は殴り飛ばされたと聞いた。娘の彼氏が突然泊まりにくると知った時、お義父さんは一体どんなことを感じたのだろうかと考えても仕方のないことに頭を悩ませていた。
駅で手土産を買い込み高速バスに乗り換え恋人の暮らす街へ走り出した時には、泊まっている間には何をして過ごそう、どんな思い出を作れるだろうかと気持ちが高揚していた。五時間の道のりを寝て過ごそうとするが、なかなか慣れない環境に直ぐに諦めが付いた。無意味にスマホの画面を眺めては何度も時間を確認するが、先程と時間は変わらない。動画投稿サイトやアプリで暇を潰そうとするも、肝心要のイヤホンを持ってきていない。ひたすらに流れる景色をぼんやりと眺めることしかできなかった。

ゆっくりと、そして静かにバスが止まった。運転士のアナウンスが目的地への到着を知らせれば、乗客は水の流れのようにバスを降りていく。私もこれに続いて運転士へお礼の言葉を後に下車をした。
バス乗り場から駅地下の店を周り、乾いた喉を潤す飲み物と小腹を満たすサンドイッチを買って駅を後にする。しばらく歩くがこれまでタクシーを一台も見かけない。恋人と落ち合う深夜まではまだ時間がある、インターネットカフェにて時間を潰そう、そう考えるも移動手段がない。
地図アプリで最寄りのインターネットカフェを検索すると徒歩三十分の距離、大荷物さえなければ歩ける距離だが仕事疲れとなれない移動に心は挫けていた。どうしようかと思い倦ねるも時間だけが流れていく。仕方なく検索サイトでタクシー会社を調べていると、遠くこちらへ走る一台のタクシーを見つけ慌てて手を挙げた。空車だったことが幸いだったが目的地を伝えてみるも理解して貰えない、運転手のことぱも理解できない。
訛っていた、運転手はその地域の訛りが酷く私には理解が出来ないでいた。そして、運転手は高齢だった為かインターネットカフェを認知していなかった。運転手が無線を私に手渡すので、最寄りのインターネットカフェに向かいたい旨を伝えると、プレストークからお詫びの言葉と地図アプリで案内頂けないかと依頼を受ける。アプリで経路を設定して運転手に伝えながら目的地を目指した。到着したときには既に辺りは暗くなっていた。

どれほどの時間が経ったのだろう、深く眠ってしまっていたようで頭が重く、頭が回らない。時間を確認しようとスマホをの画面を除けば恋人との約束の時間から十分も過ぎていた。着信履歴もこれまた酷い有様だ。直ぐに恋人へ連絡するも激怒していて罵詈雑言を浴びせられる始末、ワクワクしていた気持ちは暗い沈んでいた。寝てしまった私が悪いのは当然だが、遠く時間を掛けて会いに来たにも関わらず酷い言葉で罵られるならと今回の泊まりは辞めて帰宅すると伝え通話を切った。
せっかくならここで一泊して明朝に発とうと、バスのチケットを予約しようとしていた時に電話が鳴った。応答すれば何度も謝る恋人の声、聞けばお義母さんにこっぴどく
「仕事終わりに遠方から長い時間掛けて来てくれた人を、それも彼氏になんてことを言うんだ。仕事と移動で疲れているんだから寝てしまっても仕方ないでしょう」
と叱られたのだという。今から迎えに行くからというので現在地を伝えると十分後には到着したと連絡があった。

恋人のご実家では、お義母さんが出迎えのために起きていてくれたので手土産とお世話になること、結婚を前提に交際していることを伝えて恋人の部屋へ向かった。
「ずっと会いたかった、さっきはあんなことを言ってごめんなさい。待ち遠しかったのに連絡が取れなかったから裏切られたんだと思って勝手に怒ってしまったの」
と恋人の謝罪の言葉を受け入れ、私も連絡をせず寝入ってしまったことを謝罪した。
二階にある恋人の自室で何度も愛を貪った。下階の居間やお義父さんの部屋のことを気にしながらも、身体はもっと深く長く激しく愛を紡いでしまう。呼吸もシーツも乱れ、汗に濡れた身体が擦り合う。時間も忘れて交合いながら互いの気持ちを囁き伝えあった。

朝もまだ早く、太陽が辺りを照らすのはあとどれだけの時間があるだろうか。農家を営んでいるお義父さんが畑へと家を出る音が聞こえた。恋人も目を覚ましたようで、肌寒い部屋のなか再び互いを感じあった。
朝食の支度ができたから降りてきなさいと、お義母さんの呼ぶ声に身支度をする。居間ではお義母さんが食卓に並べた朝食に腹の虫が鳴る。あれも食べなさい、これも食べなさい。冷蔵庫に筋子があるから食べなさい、明太子もお漬物もあるから食べなさいと続々と運ばれてくる品々。気がつけば食べ切れる量ではなくなっていた。無下にはできないと、苦しく膨らんだ腹を擦りながら全てを頂いた。

朝食を終えて、ご実家を後に恋人の運転で観光地巡りを楽しんだ。未だ運転免許を取得していない私は、助手席で申し訳なさと感謝の気持ちで複雑だった。とある山の中の湖を観光した帰り、山中にて盛大に迷子になってしまった。スマホは圏外でルート検索がでない、カーナビも機能しない。未舗装の道を四時間走ってアスファルト舗装の道に出た時には、二人で胸をなで下ろした。
家路を急ぐ道すがら、お義父さんへお酒とグラスやジョッキのプレゼントを買い込む。家に着いた時には夕食の支度が済んでいた。私はお義父さんへ挨拶と宿泊させてもらうお礼を済ませ、本題である交際の件を口にしようとするも
「〇〇さん(私)、娘と結婚を前提に付き合っているんでしょう? 」
お義父さんが先に切り出してくれた。そのご挨拶をと伝えれば
「嫁にはやらない。〇〇さんが婿に来て欲しい」
と返される。聞けば跡継ぎが欲しいのだというが、私にはどちらでも良かった。迎え入れてくれたこと、歓迎してくれていることがなによりも嬉しかった。私に父はいない、だからこそお義父さんに父を求めてしまっていたのかもしれない。

宿泊している間、親戚を集めてのバーベキューや花火など濃厚で充実した時間を過ごすことが出来た。ところがあまりにも居心地が良すぎた。私の帰宅前日、恋人と最後のドライブデートをした帰りの車中で涙が止まらなくなってしまった。母子家庭で親戚と疎遠している私の家庭環境では受けることのなかった温かい気持ちや、感じられなかった愛情を恋人のご家族や親戚が注いでくれた。これが私に寂しさを強く感じさせたのだろう。大人になって初めて嗚咽しながら涙を流した。
夜、最後に過ごすこの時間に最後に肌を寄せ合い愛を注ぎあった。そして、恋人がスマホで再生した再生した
「C&K アイアイのうた~僕とキミと僕達の日々~」で二人の涙腺は崩壊した。離れたくない、ずっと一緒にいたいと涙を抑えられなかった。



新幹線の客車の中、切符の確認の為に車掌さんが立ち寄ったときに次の駅を聞いて絶望した。アパート最寄りの駅からは随分と離れていた。事情を知った車掌さんの案内の通り、到着した駅の改札で在来線での折り返しにて最寄り駅まで戻り着いた時には日を跨いでいた。ウェブでタクシー会社を検索しては電話をかけて幾度目か、やっと連絡が付いたのは少し離れた地域のタクシー会社だった。時間はかかるがこれから向かわせることはできるという、迷わず配車を依頼して真っ暗な駅舎の前でじっと待つことに。

タクシー運転手の優しい笑顔と、大変だったねと笑い、温かくかけてくれる言葉に安心感が溢れてくる。

アパート自室の玄関を開けた時、嗅ぎなれた部屋の匂いと住み慣れた間取りに帰ってきたのだと、どこか夢心地だった頭が現実に引き戻された。あれだけ寂しいと、離れたくないと涙を流し目を腫らしたのに今では気持ちがスっと切り替わった。冷静な自分がここにはいる。



結局、結ばれることは無かった。そして、その後も結婚前提に交際した方とも結ばれず今に至る。孤独な人生の中でたどり着くのが私の終点なのだろう。

8/11/2024, 1:23:07 AM