「海に行かない?」と言うから、お望み通り連れてきてやった。なのに彼女はいつまで経っても浮かない顔をしている。寂しげな顔で、膝を抱えて砂浜に座ったまま、地平線のほうを見つめている。
「振られちゃったんだ」
「そっか」
そうとしか、答えようがなかった。悲しげに俯く彼女の肩を抱き寄せる権利は、まだ僕にはない。だけど、傷心している時に呼ばれたという点に関して考えるならば、まだ僕には救いがあるのかもしれない。
それでも、いろいろ考えを巡らせど、今は彼女が静かに頬を濡らす様子を見守ることしか出来ない。もどかしい。何か言葉をかけるくらいは、許されるだろうか。
「冷たいかなあ」
不意に、彼女はそう言って立ち上がるとその場でサンダルを脱ぎだした。そのまま真っ直ぐ前進してゆく。爪先に波が触れたのか、「つめたぁい」とはしゃいだ。
冷たければやめればいいのに。思ったけど、僕は口には出さなかった。今彼女は色んな思いを頭の中に広げている。その叶わなかった思いたちを、波に流してもらうつもりなのかまでは分からないけれど、彼女は素足のままどんどん海に向かって進んでゆく。やがて膝付近まで浸かる程になった時、僕はとうとう彼女の肩に手を置いた。
「風邪引くよ」
「そうだね」
予想外にも、彼女は素直に僕の言う通りに海に進むのをやめてくれた。そして再び砂浜の上に座り込んだ。僕も隣に腰掛ける。濡れようが汚れようがどうでもよかった。今は何を考えても無駄みたいだ。彼女の涙が止まった時、初めてこの海の広さとか水の冷たさを感じるのだろう。それまでは、こうして静かに、君の隣でじっとしているよ。
8/26/2025, 1:57:17 PM