かのこ

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『声が聞こえる』2023.09.22


 泣く声が聞こえる。
 それはどこから聞こえているのかわからないが、確かにこの耳に届いている。
 どこだろうと、稽古場から廊下に出て、声を頼りに姿を探した。
 声のする方へ駆けていくと、女子トイレについた。中に入ると、一番奥の個室から、すすり泣く声が聞こえる。
 ノックをして彼女の名前を呼んだ。
 大丈夫かと声をかける、彼女は一瞬息をつめてから、私の名前を呼んだ。
「五分……三分だけ待ってもらえる?」
 震える声に、わかったと返事をして私はそのまま彼女のいる個室を見つめる。
 珍しい。いつも天真爛漫な彼女がこうして稽古で泣くなって、いつ以来だろうか。
 確かに、さっきまでの稽古では、演出家の先生にこっぴどく叱られていた。
 それでも彼女は気丈にふるまっていて、ダメ出し一つ一つに頷いて大きな声で返事をしていた。
 休憩に入るなり彼女はトイレに行くと言って飛び出したのだ。
 叱られたから泣いているのではない。自分の不甲斐なさに泣いているのだ。子どもの頃から彼女は自分自身に厳しかった。弱音はあまり吐かないし、逆境も笑って乗り越える強さがあった。
 しかし、ごくたまにぺしゃんこにつぶれるときがある。
 一人で泣いてくるのを、なぜか私は知ることができた。
 声にならない声が、私を呼んでいるのだ。
「三分経ったよ」
「ちょっと、早すぎ。あと二分」
 泣き止ませるようにそう言えば、彼女はふはっと噴き出す。ゴンゴンと扉をノックし続ければ、ようやく泣き止んだ彼女が出てきた。
 すっかりいつもの彼女に戻っていた。
「ありがと」
 そう笑う彼女とハイタッチをしてから、私たちは稽古場に戻った。
 私は彼女の声にならない声が聞こえる。
 それは、これから先も変わらないだろう。

9/22/2023, 12:10:21 PM