久しぶりに降りた駅は、懐かしい香りがした。
そう思ってしまった自分に驚く。敵地といってもいいはずの場所に安堵を覚えるなど――まったくどうかしている。
だが、そんな思考とは裏腹に、身体は自然と大きく息を吸い込んだ。
一度、どうしても自国に戻らねばならない任務ができた。現在進行中の任務にも関わりがあるため、他者に任せられなかった。二週間ぶりに戻って来た地だ。
いつの間にか、列車は次の駅にと去っていた。
一緒に降りた乗客たちも我先にと改札へと流れていく。
だが何となく足が動かなくて、その場で視線を上に向ける。ドーム型の巨大な屋根。幾何学的に交差する鉄枠に嵌め込まれたガラス。その先にある空はいつもと変わらなかった。
空は、ただ空だ。どこにいようと変わらない。当たり前だ、ひとつしかないのだから。
地上とて変わらない。陸続きであるならば、どこにいようと変わらないはずだ。国境やテリトリーなど、人間が作ったまやかしの結界に過ぎない。
仕事で訪れたかつての故郷には、驚くほど何も感じなかった。訪れる前は、柄にもなく少し緊張したのに。
ずっと帰りたくて、同時に避けてもいた場所だ。
復興が進み、町並みや行き交う人たちが変わったせいかとも思った。もしくは、もうそんな心も失くしたのかと。
過去を振り返る時に感じる痛みはまだある。ただ、その痛みと降り立った場所は紐づかなった。
――場所、ではないのだ。たぶん。
あの場所が壊されたことにあんなに憤ったのは。
あの場所を取り戻したいと走り続けた日々は。
必ず一緒に浮かぶ人たちを思い出したくなくて蓋をしたのは。
そして、今。
故郷を捨て、過去も捨てても、なおも進もうとする心は――。
「あー! いたー! もう、さがしたー!」
ホーム中に響き渡るような大声を出しながら、少女がこちらに大きく手を振りながら駆けてくる。その少し後から、穏やかな笑顔で歩いてくる人影も見えた。
肺に充満した空気が、かつて無いほど身体に馴染じんでいく。
同じ空。
同じ空気。
同じ地上。
けれど、ここが「ここ」だと。他の何にも代え難いと思わせるのは、きっと大切な人たちがここにいるからだ。
そんな当たり前のことに気づくのに、随分時間がかかってしまった。
……気づいてよかった。
新しい故郷に向かって少し低い声で応える。
「ただいま」
#君に会いたくて
1/19/2023, 10:46:07 PM