ぶらんこに乗ろうか、なんて言い出したのは僕と彼のどっちだったっけ。
いや、そもそもこんな夜に散歩したいなんて言い出したのはどっちだっけ。
僕らは真っ暗な夜の道を、ろくな会話もせずに歩き続けていた。時折ぽつぽつとだけある街頭の光に照らされる彼の顔は憂いをおびて何か深く沈んでいるように見えて話しかけづらかった。どうしたの、なんてとてもじゃないけど言えなかった。彼を慰めるどころか、僕の不器用な慰めや元気づけの言葉はかえって彼を傷つけてしまいそうだった。
ひたすらに無言のまま歩き続けていると公園を見かけた。公園といっても、ぶらんことすべりだいしかないとても簡素で小さな、公園といってもいいのか分からないくらいのものだったけれど。
…ああ、そうだ。それで僕はぶらんこに彼を誘ったんだ。遊べば元気になるかな、なんて子供じみた考えで彼をぶらんこまで連れて行った。さすがにこの歳になってすべりだいはキツいと思ってぶらんこにしたんだ。思い出した。
僕は彼をぶらんこに座らせ、肩を押して、彼のぶらんこを漕いだ。彼は訳が分からないといったような顔をしていたけれど、ただ黙ってぶらんこに乗っていた。
夜空に向かって、綺麗な弧を描いて彼は飛び出したと思ったら、またすぐに僕のところに戻ってくる。
それを僕はまた押してやる。ぶらんこは勢いを増して行く。次第に彼は自分で上手くバランスを取りながら、ぶらんこが上がるギリギリまで勢いづけて漕いで行く。
僕は離れてぶらんこを漕ぐ彼を眺めていた。
何往復か漕いだあと彼は僕の方を向いた。
「元気出た」
さっきと打って変わって、スッキリとした笑みをたたえている。
僕もつられて微笑んだ。
「それは良かった」
背中を押したいと思っていたものの何だか物理に押すだけになってしまったけど、まぁいいか。
不器用だけど不器用なりに精いっぱい彼を支えていきたい。これからもどうか良い友人として、出来れば拠り所として、こいつの側にいられますように。
2/2/2023, 3:00:34 AM