「ただいま」と陽介はくたびれた声で言った。シャツは第二ボタンまで外され、ジャケットは腕で抱えていた。
「おかえり」台所に居た加奈子は夕飯を作りながら答えた。
「LINEで牛乳買ってきてって送ったけど、買ってきた?」と加奈子は聞いた。
「雪印のやつ」
「ごめん買ってきてない。スマホの電源切れちゃったんだよね」と陽介は申し訳なさそうに言った。
「まあそれはいいわ、割に遅くに送っちゃったし。今朝言ってた醤油は買ってきたわよね?」
「ごめん忘れてた」と陽介はバツの悪そうな顔で言った。
「忘れてたって?買ってこなかったってこと?信じらんない」と加奈子は半ば呆れたようにそう言った。
「今日の夕飯は海鮮丼よ。じゃあ私たちは一体何ををかければいいのかしら。醤油のない海鮮丼なんて食べても、何も面白くないわ」と口早に加奈子は言った。
「携帯にメモしてたんだけど、今日出先の会社が私用の携帯の競合で日中カバンに入れっぱなしだったんだよ。それに、海鮮丼にはおろしポン酢でも塩でも何でも会うだろ。初めに決めた通りにいかないからって大袈裟すぎる」
加奈子は調理の手を止め、着替えている陽介の前まで詰め寄って言った。
「あのね。海鮮丼の中でも、今日はサーモンがメインなの。おろしポン酢や塩でサーモンの刺身を美味しく食べれると思う?」
「思う。僕の実家なんて醤油はもったいないからって、ほとんどは塩で食べたぜ。」
陽介はワイシャツを脱ぎながらそう言った。ボタンを1つ外す度、彼女の顔色は徐々に歪んでいった。苦虫を噛み潰したような表情になり、そして、パッと元に戻った。
すると、そくさくと台所に戻っていき、調理の続きに戻った。
陽介は下着姿で廊下奥の自室に入り、デスクトップパソコンに電源を入れた。仕事のメールを軽く確認し、近くにあるウィスキーをコップによそった。しかし、メールは何回読んでも頭には入らず、さっきまで自分が言ったことが頭の中に巡っていた。まあ、いいやと思い、メール画面を閉じ、ウィスキーを口いっぱいに含んで飲み込んだ。お腹の中に暖かい海流を感じ、うっとりとして天井を眺めていたが、徐々に視界の天井は黒くなり、何故か体全体は粟立っていた。瞬きをして、何度か頭を回して、もう一度見ると天井は純潔の白に戻っていた。
7/29/2025, 3:22:43 PM