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終わりにしよう

 という台詞を、折角なので誰かあなたのお好きな(できれば中年以降の)、なるべく耳に快い声の俳優が言っているところを思い浮かべていただきたい。数日前の会話である。
「どうして…?」
「君に振り回されるのはもう疲れた。暦を見たまえ、もう七月も半分過ぎた。終わったんだよ」
「もう次が来るの…?」
「来るんじゃない、もういる」
「ひどい…!」
「そうじゃない、君はここに留まりすぎた。一方あちらは気が早すぎる。君たちは似た者同士だ。少しでも自分が主役でいようとする。だが残念ながら、君の季節は終わりだ」
 洋画でよくある場面-少し間を空けて「It's over」と言うように、もう一度繰り返した。
「終わったんだよ」
 かれが号泣(言葉の本来の意味通り「泣き叫んで」いた)し始めると、たちまち雷が轟き、大粒の雨が降ってきた。
「諦めてくれ」
 それだけ言って、庭へ続くガラス戸をぴしゃりと閉めた。

 それから数日、私が駅から自宅へ帰る時に限って雨が降る。これが「涙雨」なのだろう。何ともじめついた降り方で、帰宅した途端にやむ。
 だが私は心を鬼にして、次の相手を迎えねばならない。毎年命の危険を感じながら付き合っている相手なのだ。とてもではないが同時に相手はできない。
 そんな私が今本気でうんざりしているのは、「終わり」にしたい梅雨が、どうやらまだ一週間ほど続くらしいということである。
 そして、また長い夏が来る。

7/16/2024, 10:12:52 AM