John Doe(短編小説)

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ピー・ティー・エス・ディー


俺は中隊の一員として、ひたすら塹壕の中を歩いていた。そこは国境付近だと隊長から知らされたが、実際は分からない。ただ、西へ西へと果てしない塹壕を進んでいたのを覚えている。遠くで砲弾が炸裂する音、化け物みたいな戦車の軋む音、数多の銃声が響き渡る戦場の中を歩いていた。

頭がおかしくなりそうだった。いや、もうおかしくなっていたのかもしれない。初めて戦場に来てから、イカれちまったのかもしれない。敵の新兵器がそうさせているのかもしれない。どちらでも大差ない。俺は頭がおかしくなったのは戦争から帰ってからすぐだったから。

ここには塹壕はない。舗装された道があるだけ。泥まみれの塹壕を歩きながら、死体を跨ぎながら、火薬の仄かな香りを嗅ぎながら、必死にライフル銃を握りしめながら、毒ガスに怯えながら歩く必要もないんだ。なのに、俺の頭の中では今も塹壕を歩き続けているんだ。

戦争は負けた。俺の国は降伏し、酷く貧しくなってしまった。思えば、俺はどうしてのこのこと帰ってきてしまったのだろう。俺に居場所なんて無いのに。俺を迎え入れてくれる場所なんて無いのに。もう、俺の知っている世界はそこには無かった。
別世界に来てしまったようだ。

頭が混乱している。
酷く気分が悪い。

「顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

紅色の帽子の若い女が舗装された道の上で立ちすくんだ俺にかけ寄って来た。

「うるさい、あっち行ってろ!! 次の指示が聞こえないだろうが!! まだ負けちゃいないんだ」

女は後退りしながら逃げて行く。

「そうさ、これからすぐに次の支援が来る…帝国に勝利を…万歳…」

そこで俺は気絶したが、死ねなかったことにいささか後悔している。
今、こうして病室のベッドの上で鼻歌を歌いながら、夢と現実を行ったり来たりしている。

10/8/2023, 2:18:29 PM