一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→「た〜まね〜ぎさん♪」

玉ねぎを切るとき、私はいつも思い出す。
「た〜まね〜ぎさん♪」
その声は、呼びかけるような、歌うような調子なのだが、あまり抑揚がなく淋しげだ。
子供時代の友人から聞いた話だ。彼女の母親が玉ねぎを切るときに必ずこのように口ずさむのだと。
「なんか寂しそうやね」
「せやろ? しかもキッチン、ちょっと暗いねん」
そんな会話を交わしたものだから、私の脳内に「玉ねぎを切る=暗い作業」というイメージが固定化してしまった。
そしてその強烈なイメージは、あれから随分経った今でも消えることなく、なんなら自分で口ずさむほどに、残っている。
「た〜まね〜ぎさん♪」
真っ二つに切った玉ねぎの真ん中、静寂が隠れている。

テーマ; 静寂の中心で

10/7/2025, 2:45:48 PM