いろ

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【恋物語】

 たとえばすれ違っていた二人が、互いの想いを確かめ合いキスを交わす物語。たとえば恋人同士の二人が、様々な障壁を乗り越えて結婚する物語。そうした物語をこそ『恋物語』と称するならば、はたして僕たちの紡いできた物語はどのように分類されるのだろうか。
「相変わらず君って、難しいことを考えるよね」
 悶々と頭を悩ませる僕へと、君はあっけらかんと笑った。日曜日の早朝、住宅街の片隅でひっそりと営まれる喫茶店。開店前のこの時間、クラッシック音楽のゆったりと流れる店内に客は僕一人だけだ。君が珈琲豆をミルで引く音が、優雅なはずのクラッシックの音色をやけに現実的で素朴なものへと変えていた。
「そういう予定調和なエンディングがあるのは、それが物語だからだよ。現実の人間関係なんて、綺麗に分類できなくて当たり前でしょう?」
 慣れた手つきでフィルターをセットし、君は挽いた粉をフィルターへと入れる。布でできているから紙のものよりも口当たりが滑らかになるとか何とか前に言っていたけれど、あまり理解できてはいなかった。
 お湯を注いで、一度止めて。少し置いてからまたお湯を。何でそんな面倒なことしているのかは知らないが、あまりにも見慣れた手順だから、君が次に何をするのかまですっかりと想像できるようになってしまった。
 煮立ったミルクを珈琲カップへと注ぎ入れて、軽くスプーンで撹拌して。ことりと涼やかな音を立てて、君は僕の前へとそれを置く。シュガーポットも忘れずに。そうしてこの世で一番愛おしいものでも眺めるみたいに、柔らかく瞳を細めて微笑んだ。
「現実なんて複雑なんだから、一緒にいたいからなんて理由で珈琲専門店に通ってくる、珈琲嫌いな男の子の恋物語があっても良いんじゃない?」
「っ、珈琲は嫌いなんじゃなくて、苦手なだけだから!」
 半ば反射的に言い返しながら、角砂糖を三つカップへと放り込んで口へと運ぶ。メニュー表には存在しない、ほぼホットミルクな珈琲の優しい味が僕の口の中を満たした。

5/18/2023, 12:22:02 PM