『列車に乗って』
使い切れない「青春18きっぷ」を買ってくれと、友達に頼まれたことがある。
その友達はあちこち旅行する人だったが、用事が立て込んで「青春18きっぷ」の期間中に使い切れそうにないという。
貧乏学生だった私は、つい安さに惹かれて買ってしまった。
当時住んでいたアパートの最寄り駅から実家まで、約17時間、各駅列車の旅。
無謀に思えたが、行きは日頃の疲れもあり、ほとんど寝て過ごせた。
しかし帰りは、実家でたっぷり休息を取った後なので、そうはいかなかった。
最初は、行きと同じように寝て過ごした。それで十時間くらい。次に持参した本を読んだ。そして音楽を聞いた。
しかし、そのうち本を読むのも、音楽を聞くのも疲れてしまい、ただぼんやりと車窓の景色が流れていくのを眺めた。
夕刻の景色は美しかったが、落日の余韻が消えると、町の灯が時々流れていく他は、窓は自分の姿を映す鏡となった。
寝過ぎているので眠る事もできず、軽い乗り物酔いに耐えながら、ただ窓に映る自分の姿と対面する時間が続く。
電車が止まるたびに駅の時計を確かめ、到着まであと何時間何分かを計算して、無聊を慰めた。
夜、田舎を走る上り電車は、いつの間にかガラガラに空いていた。
ふと見ると、朝、最初の乗り換え駅で見かけた人が、同じ車両に乗っていた。
あの時間あの駅にいて、この時間この電車に乗っているということは、ずっと同じ電車を乗り継いできたということになる。
おそらく同郷の人で、私と同じように「青春18きっぷ」で上京するのだろう。
そう思うと、ちょっと興味が湧いた。
私は自分の推理が正しいかどうか確かめたくなり、迷った末、とうとう決心して彼に話しかけた。
私にしては思い切ったことをしたものである。
旅は道連れ、世は情け。
かくして私は一期一会の道連れを得、お陰様で残り数時間は、楽しい列車の旅となった。
しかし、「青春18きっぷ」で帰郷するという無謀は、二度とすまいと心に誓ったのであった。
ちなみに、彼は同郷の人で「青春18きっぷ」の旅で間違いなかったことを、一応報告しておく。
2/29/2024, 12:27:58 PM