青波零也

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 ひらり、目の前に翻ったそれが何なのか、一目ではわからなかった、が。
 自然と、落ちてきたそれの出所に目を向ければ、窓から身を乗り出した女が手を振っていた。
「すみませーん、プリントが落ちてしまって」
 なるほど、講義か何かの配布物か、と思うが、その女の手には今にもあふれんばかりのプリントが抱えられていて、その時点で嫌な予感しかせず。
「拾っていただけます――わああっ!?」
 案の定、ひときわ強い風に、女の手の中にあったそれらが見事なまでに舞い上げられる。
「す、すみません、今から降りて拾いますので!」
「おう、先に拾えるだけ拾っとく」
 慌てて窓から顔を引っ込める女に手を振り、ひらひらと落ちてくるそれらの一つを拾い上げる。
「……親父の講義か」
 俺の親父はここの教授で、このプリントには俺も見覚えがある。数多の伝承に語られる『異界』にまつわる、ごくごく浅い部分をさらうだけの、教養レベルの講義だ。
 が、それよりも俺が目を見張ったのは、そのプリントにはびっしりと走り書きが書かれていて――よくよく見れば、それらは、親父と同じ研究を続けてる俺ですら顔負けの『異界』にまつわる知識の羅列、そしてそれらに対する考察だった。
 その一枚だけではない、拾い上げるどれもが同じような調子で、俺はうっすら寒気すら覚える。
 ――あの女も、親父や俺と同じく、『異界』に魅入られてるのか?
 手を振ってこちらに駆けてくる……駆ける、というにはあまりにもどんくさい走り方の女を見ていた俺は、いったいどんな顔をしていただろう?


20250303 「ひらり」

3/3/2025, 10:16:54 AM