蝉助

Open App

「ハッピーエンド信者だってさ。」
「なにが?」
「お前の評判、ネットの。」
短編小説家カキオカコは、ある小説賞を機に世へ出回った若手の創作者だ。
指先を切れば血が滲むようなキャラクター、秀麗滑稽を持ち合わせた言葉選び、大衆が好む『奇才』を体現したその特性。
人気を博すのに、大した理由はいらなかった。
しかしそれは数ヶ月前の話である。
「みんなもう飽き飽きしてるんだ、めでたしめでたしで終結する展開。」
数十という数になったカキオカコの作品。
時代も世界観も何もかもが七色だが、そこにはある共通点があった。
「結末はすべてハッピーエンド。」
朔馬はスマホを片手に壁へ寄りかかって、小説評価サイトのコメントを逐一読み上げていく。
結末が読めて途中から冷める。
中間まで面白いのに後半どうした?
時々いるよね、読者にとって不要のこだわり持ってる人。
「いいじゃん、ハッピーエンド。」
カキオカコこと秋山未来は、机に向き合っていた回転椅子を直角に回し、朔馬の読み上げを遮る。
「ハッピーだよ、幸せだよ?ワンデイエブリワンウィルビーハッピー。アイウィッシュソーザット。」
「お客はそういうの望んでないんで。創作こそ究極の接客業、読者に媚びてこそなんぼもの。」
「俺別に売れたいとか思ってないんだけどなぁ。」
未来は小説を単なる金稼ぎのツールとは思わない。
ストーリーとは思想の反映で、主人公は作者の分身。
だとするのなら、物語の結末はある種作者の末路とも言えるのではないだろうか。
「それにしても、ハッピーエンド信者ね。なかなか阿呆みたいな面白い言葉考えるじゃん。次の話はそれを取り入れてやろうか。」
未来は両手の親指と人差指でカメラを作り、椅子ごと回転させて自身の周りを記録するように映した。
くるくると何度か回ったあと、朔馬の位置で固定する。
「それを言うなら、お前はバッドエンド信者なんだろうね。」


〈未来〉
若手小説家カキオカコとして短編小説を書いている。しかしその全てがハッピーエンド、そのこだわりにどんな意図があるのかは誰も知らない。温厚でまるい性格だが、どこかへんてこで天才気質。小説が心から好きで、周りの評価や売り上げなどは執筆における副産物としか思っていない。

〈朔馬〉
未来の借りているアパートの隣人。「末ロさき」という名前のイラストレーター。多種多様な絵柄に対応できる。功利的で冷めた性格。未来とは違い利益目的で絵を描いている。

3/29/2024, 11:03:35 AM