一人一台どころか一人で複数のスマホやタブレットを持つ時代。
世界は広くなったのだろうか。それとも狭くなったのだろうか。
誰もが発信者になり、また受信者にもなる世界で、自分と自分以外の存在の隔たりは大きくなったような気がする。
自分と互いにフォローしあっている〝仲間〟以外は、まるで違う世界の人間でもあるかのようだ。
だから、分からない。分かり合えない。
自分とフォロー外の人が、同じ時代に、同じ世界に生きているということに気付けない。
社会問題に対する切実な訴えも、平和を希求する子供の叫びも、犯罪や差別を許さない毅然とした声も、画面の中のフィクションが発する音声のように感じてしまう時がある。
タブレットの薄い画面の中の言葉が、遠い遠い、違う次元に存在する世界からの発信のように映ってしまう。
世界は広くなったのだろうか。それとも狭くなったのだろうか。
物理的な距離は越えられるようになったのに、精神的な距離はどんどん遠ざかっていっている気がする。
そうして誰の姿も見えなくなって、声はどんどん遠くになって、世界は自分とフォローしあっている〝仲間〟以外はみんな同じ、ただの〝フィールド〟、ただの〝モブキャラ〟になってしまう。
現実が遠くなっていく感覚は、人に幸せをもたらすのだろうか?
そんな事を考えながら、私は今日もタブレットに文字を打ち込む。
あぁ、その矛盾。
END
「遠くの声」
4/16/2025, 4:29:23 PM