旅は続く……というのは困る
俺はもう旅をしたくない
過酷すぎる
勇者になったのだって、血筋のせいだし
元々、そういう器じゃないんだよ
ザコと呼ばれるモンスター相手だって怖いのに、ドラゴンだのキマイラだのと戦えるわけないでしょ
周りからのプレッシャーもひどい
新たな町に行けば勇者様勇者様と声援を受ける
道具や薬、武具の割引サービスだって自主的にやってくれるし、宿も驚きの低価格
そんな中で期待を裏切ったらどうなるか
それが恐ろしすぎて旅をやめることができない
でも、倒すべき敵であるアークデーモンを討ち滅ぼすまで耐えるのは無理だ
自分の心が追い詰められているのを感じる
俺にもっと勇気があったら……
そんな風にすら考えない
なぜなら、俺は勇気があろうとなかろうと、平穏にいち民草として暮らしたいから
誰か、勇者を代わってくれ
もう嫌なんだ
勇者の栄光も、使命を果たしたあとの輝かしい人生も、全部あげるよ
だから俺を勇者の肩書から解放してくれ
ある日、俺の前に魔王が現れた
今は仲間とは別行動中だ
魔王は過去に勇者と争ったが、その後和解した魔族の国の王だ
王と言っても、政治には基本的に関わっていないらしいけど
魔王は俺のネガティブな感情に反応して、ここまで来たという
そういう能力が魔王にはあるのだ
なんのために魔王は俺のもとへ来たのか
どうやら、俺から勇者としての使命を引き継ごうと思ったらしい
けど、勇者は血筋で覚醒する存在
魔王が勇者になれるのか?
疑問に思っていると、魔王は衝撃の事実を告げた
初代勇者と初代魔王は、夫婦だったらしい
和解後に、互いに惹かれて結婚したそうだ
魔族の政治に魔王がかかわらないのは、初代魔王が勇者のもとへ行ったから
普通、基本的に自由な生活の勇者が魔王の元へ行きそうだけど、魔王は王をやめたかったらしい
その後、子供の一人が魔族の国へ行き、王としての権力のない二代目魔王になったと
なので、魔王にも勇者の血が流れており、資格があるとのこと
魔王は俺に、今までよく頑張った、もう怯えながら戦う必要はないと告げた
俺はその心強く優しい言葉に、涙が止まらなかった
ようやく、苦しみから解放される
魔王は俺を勇者でなくすために、ある薬を渡してきた
これは、ある魔族が仮病を使いたい時に開発した、原因不明の重い病(命に別状なし、一ヶ月ほど高い発熱、激しいだるさの症状が続く)にかかる薬だと説明された
仮病のために開発なんて、魔族の情熱は変な方向にすごいな
俺は薬を飲むと、説明の通りの症状が出た
こうなってはもう旅の続行は不可能
魔王はその後、偶然町を訪問した体を装って、新たな勇者となった
ちなみに、魔王は度々国を抜けて旅行しているため、なんの不自然さもない
仮に怪しまれても、病気に倒れた勇者の感情に反応して来たといえば信じてもらえるだろう
こうして、俺は魔王のおかげで勇者の重圧から逃れ、仮病で一ヶ月倒れ伏すことになったのだ
魔王はその一ヶ月でアークデーモンを討ち滅ぼし、世界に平和を取り戻してくれた
俺は勇者として称えられることはなく、静かで平穏な毎日を、ひとりの民として過ごしている
かつての仲間とはたまに会っているし、魔王とも交流したりしているから、勇者になったからといって、悪いことばかりではないと思う
勇者にならなければ、みんなと今みたいな関係を築けなかっただろうから
でも、もうあんな旅はごめんだ
俺は今の毎日を大切にしたい
そう心から思う
9/30/2025, 12:29:00 PM