戦争はその街の全てを破壊し尽くした。
戦争はその街の少女から全てを奪い尽くした。
その夜も街にミサイルが降り注いだ。街が存在していたという記憶さえ焼き滅ぼすために。
その夜も少女はたった独りで震えていた。大切な人々の最期を思い出しながら。
「…ぅぅ…ぅぅ…ぅぅ…ぅぅ…」
かすかな呻き声。少女は声が聞こえてくる方を見た。
「…お…た…す…け…」
ミサイルの爆発でできた大きな穴の底。その中心から水掻きが付いた二本の足が突き出てていた。
「たいへん!」
少女は穴の底に駆け下りると、突き出た足を握り、渾身の力で引っ張った。
「うーっ、うーっ、うーーーっ!」
スポン、と地面から足が抜け、少女は尻餅をついた。
「ぷはあぁーーーーーっっ。」
現れたのは少女の背丈ほどもあるカエル。カエルは二本の足で立ち上がると、王冠を被り直し、黒い毛皮のマントに付いた土を払い落とした。
「大丈夫?カエルさん。」
「無礼者!ワシは大悪魔、地獄の王・バエルや!」
バエルは腰に手をあてふんぞり返った。
「はー、ヒドい目に遭うたわ。ひさびさに地上を見にきたら、ミサイルに当たって地面にめり込んでしもた。人間ちゅうのはいつからこないに残虐になったんや?悪魔でもここまでヒドいことはせぇへんで。」
バエルは飛び出た二つの目をクルクルと動かして、破壊され尽くした街を見回した。
「助けてくれたお礼に、嬢ちゃんの欲しいモン何でもあげよ。遠慮せんと言うてみ。」
少女はしばらく考えると、こう言った。
「…花束。花束が欲しい。お母さんとお父さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんのお墓にお供えする花束。お隣のおじさんとおばさんのお墓にお供えする花束。お友達のお墓にお供えする花束。戦争で死んじゃったみんなのお墓にお供えする花束。」
「お安いご用や。ちょっと待っとき。たんとあげよ。」
バエルは黒い煙となってかき消えた。
その時、上空から一発のミサイルが轟音をあげて少女の頭上に落ちてきた。
もうダメ。死んじゃう。
少女はギュッと目を瞑り、体を固くした。
少女の頭に、頬に、肩に柔らかなものが触れた。少女は固く閉じた目を恐る恐る開いた。目の前に純白の薔薇が次々と落ちてくる。少女は夜空を見上げた。降り注ぐミサイルは次々とはじけて白い花に変わっていく。花は優しい雨のように街に降り注ぎ、清らかな雪のように降り積もった。
2/9/2024, 4:18:41 PM