sippo

Open App

年末、祖母が亡くなった。突然のことだった。

ちょうどお昼ころに、叔父から「ばあちゃんまた入院したわ」と電話があった。
認知症が進行してもう長く施設で暮らしていた祖母は、その間何度か腎盂腎炎になって病院に入院して、退院して施設に戻ってを繰り返していた。
だから今回も、あぁまたいつものやつか、と思うだけで、叔父によろしく伝えて電話を切った。
その数時間後、夜も遅くなる頃に、再度叔父からの着信で訃報を知った。
治療の最中に穏やかに亡くなったらしい。

年も年だしそのうち、と覚悟はしていたからか、そこまで驚かなかった。
苦しまないで息を引き取ったなら、それは本当に良かったと思った。

祖母の家は遠かったから(県をいくつも跨ぐくらい)会えるのは良くても年に1回、お盆かお正月に親戚が集まるときだけだ。それも長くて1週間ほど。
学生の頃は自由を理由に、社会人になってからは忙しさを理由に集まりに参加しなかったこともある。
多分、きゅっとまとめても1年にも満たない日数しか一緒に過ごしていない。

ましてやわたしは、実際のところそこまで祖母に懐いてはいなかった。
親戚、従姉妹ともだいぶ歳が離れていたこともあり、幼い頃はこの親戚一同の家族感がよく掴めなかったのだと思う。
祖母は甘えていいものだとよく知らなかったし、祖母も祖母であまり子どもの相手が上手な人ではなかったから、なんとも絶妙な、曖昧な、ほどほどの距離感でお互いに接していた。

文字にするとほぼ他人に近いような存在なのに、「祖母」というポジションがその存在を数段階特別なものにする。

遺体と対面したとき、納棺のとき、お葬式のとき、棺にお花を入れるとき、火葬場の煙を見たとき、お骨を拾うとき、遺影と骨壺が並んでいるのを見たとき、ありとあらゆる場面でわたしは泣いた。
あんまり泣くと叔父や母を困らせるから、静かに少しずつ涙を流しては飲み込んだ。
わかっていたことなのに、希薄な関係なのに、ごく自然でなにも悲しいことはないのに。

おばあちゃん、あんまり良い孫じゃなくてごめんね。
でも、たぶん、きっと、ぜったい、愛してたよ。
もう伝わらない涙でしか表現できなかったけど。

祖母との別れでこれだけ泣いたわたしは、これからいつかの未来に訪れるもっと親しい人の別れには耐えられるのだろうか。
きっと最後のラブレターのごとく、その愛の分だけ泣くのだろう。

5/19/2024, 11:24:49 AM