色野おと

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テーマ/ミッドナイト


ミッドナイト。
真夜中……その言葉を聞くと私は思い出すことがある。
そして、同時にCarpentersの『Slow Dance』を聴きたくなる。


私が社会人1年生になった年、1990年の夏のこと。
東京で就職はしたけれど、お盆休みは東京で過ごすことなく、6歳年下の彼女と新潟へ帰ってきた。彼女は玉女短大1年生だけれど、私と同じ新潟の人間。彼女が短大を卒業したら一緒に新潟へ戻って結婚しようと約束もしていた。両家の親たちも将来はそういうことになるのだろうと、暗黙のうちに私たちの結婚を認めてくれていたこともあって、学生だった彼女は私のスケジュールに合わせて一緒に帰ってきたわけである。


そんな帰省中のある日。
彼女と二人で道の駅・越後出雲崎天領の里までドライブした帰りに、新潟海岸バイパスと呼ばれているR402号線沿いにある海辺にクルマのまま入っていった。

そこは新潟市内の海辺でも唯一、クルマのまま乗り入れても良い砂浜で、波ぎわをクルマで走ることができる広い浜辺なのである。父親のクルマがTOYOTA CAMRYの4WD(4輪駆動)だったから砂浜に乗り入れる勇気もあったわけなのだ。


日付はとうに過ぎていて、もうすぐ25時。
沖の遠くのほうでイカ漁船らしき集魚灯の小さな光の点がチラチラして見えていた。ゆるく波風が吹いているくらいなもので、真夜中の日本海の海辺にしては穏やかなほうだった。さざ波の音がムードを醸し出すように心地よく聴こえていた。

月あかりのおかげで、クルマのライトがなくても手元が見えるくらいの薄暗さだった。クルマの閉めたドアを背もたれにして砂の上に座り込んで、そのまま二人で何をしゃべるということもなく、しばらく水平線のチラチラした小さな光を見つめていた。


何も言葉はなくても気まずさは全然なくて、隣の静かな息づかいを感じているだけで二人の空気が成り立っていた。隣にいられるだけでいい。手を繋いで隣にいる……それだけでも十分満足しあえていた。
私は思いついたように
「美樹、ノド渇いてないか?大丈夫?」
と声をかけた。

「途中で買ったサイダー、もうぬるくなってるよね(笑)」
「それどころか、気が抜けてただのレモンジュース」
「飲もおっかなあ。楽しいからそれでも平気(笑)」
「なんもしゃべってないのに楽しい?」
「おと君は楽しくないの?」
「きっと楽しい。いや楽しい。ていうより平穏かな」
「じゃあずっと朝までこうしてても平気?」
「いや……風邪ひくかも(笑)」

そのときの美樹の笑う声がすごく好きだった。
25時を過ぎた真夜中だということさえも忘れて、そのまま夜明けのピンクに染まる空が見えるまで、のんびりとスローな空気で、どうでも良さそうなことを語り明かした。


帰りのクルマの中、美樹は何枚かあるCDの中からCarpentersのアルバム「愛の軌跡~ラヴラインズ」を選んでカーステに差し込んだ。それは去年、二人で一緒に買ったCDだった。1曲目から流せば良いのに彼女はスキップボタンを何度か押して曲を選んだ。

流れてきた曲は『Slow Dance』
この歌詞の中で、私も美樹もお気に入りの箇所がある。

When I saw you for the first time
I never thought that this could be
I never thought you'd come my way
I never thought I'd hear you say
Dance with me

(あなたと初めて会ったとき
あなたとこんなふうになるなんて
思ってもなかったのに……
私と一緒に踊りましょう)

◆◇𓏸✧︎✼••┈┈••┈┈


懐かしすぎて、あの頃に戻りたくなる。
あの真夜中の、あの場所に戻れたなら……

1/26/2024, 3:08:51 PM