髪弄り

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「お願いします」
「ダメですよ、僕にはそんな権利ないですから」
「それでも必要なんです」
「お金がないんなら、売れないって何度言ったらわかるんですか」
僕は今、非常に困っていた。時刻は深夜三時、場所はコンビニ、深夜特有の浮遊感と眠気と闘いながら、深夜時給を求め、一人で切り盛りしていた。
そろそろ二、三年経つ、親の散財が酷く、大学費用を稼ぐためのバイト。
大抵のことはできる、搬入もクレーム処理も、調理も、だが、こんな経験ははじめてだった。

「子供が飢えてるんです」
目の前の女性は、必死の形相で訴える。
不思議と声を荒げているようには見えない、その女性は、まるで戦後闇市の一場面みたいに言うのだ。
だが、時は現代。米軍の靴磨きをする子供などもういない。
「ですから、私では対応できません。
そろそろ警察呼びますよ。」
あのババアー店長であれば応対できるはずだが、今の時間帯はすっかり眠りこけている。
長年の経験で出ないことはわかっている。
「ほんとに、たった一つでいいんです」
「予備隊はやめてください、ころされてしまうから」

とうとう女性は泣き出してしまった。ボサボサの髪がレジ前にちらばる。もう勘弁願いたい。

正直、こんなことを続けていては他に客が来たときになんて言われるかわからない。
もちろん深夜帯の客なんて大抵ロクでなしか、死んだ目の大人だから、そこまで気にすることもない。でももう小一時間はこの問答を繰り返している、疲れた。
致し方ない。

「少々お待ちください」
形式的に声をかけ、商品棚の菓子をとる。
ロッカールームのカバンから財布を取り出し、適当に小銭を握った。
会計を済ませた後、女性の肩をポンと叩く。
「こちらをどうぞ」
出したのはうまい棒、僕の好きなコンポタ味。女性はしばし恐縮そうにしていたが、すぐにその目は輝きが灯った。
「ありがとうございます!!」
まるで命の恩人か何かにかけるような声色だった。女性は立ち上がり、うまい棒を握り締めコンビニを出ていった。

王国の中心、広場には奇妙な生き物と謎の文字列のかかれた金の棒。それこそ異界からもたらされた、我らの恵みの象徴である。

『たった一つ』

4/4/2023, 1:59:01 PM