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過ぎた日を思う

若い男だった。
妻がいる。妻はどうやら妊娠している。家の中は質素だが、二人ともよく働くので日々の暮らしに不自由はなかった。
家の横に小さな畑があり、それなりに収穫できた。俺は農具も作るんだ。
そうそう、食卓の上の天井近くに棚を作って皿を飾るのが女たちの間で流行ってたんだっけ。
妻が珍しく何度も言ってきたんだ。俺に棚を作って欲しいって。あなたなら造作もないことでしょう?お願いよ。うんうん分かった。今度な。任せとけって。

そのうち戦争が始まって、俺たち若い男はよく分からないまま全員駆り出されることになった。
家を出る時、妻はイヤな顔をしていたが、俺たちは日常とは違う時間にワクワクしていて気にも留めなかった。
ずいぶん長い時間歩いて歩いて、みんな砂まみれになって、何もないこの土地にやって来た。
どうやらここは、俺たちの国の端っこに当たるそうだ。最果てってやつ。
…国?そんなこと考えた事もなかったな。

戦いが始まった。
誰かの号令と共に俺たちは走り出す。
何でもいいからあの岩の向こうに隠れてる奴らをやっつければいいんだよな。
あれ?武器が俺たちのとは違う。ずいぶん遠くから飛んでくるじゃないか。これは反則だろう。そうかルールもクソもないから戦争なんだ。
そんならこっちも…と俺は敵を踏み越え何とか斬り込んで行く。けっこうやれるな。みんな痩せた奴ばっかだもんな。
その時左の後ろから尖ったあれが飛んで来て、こめかみに突き刺さった。
俺もさっき誰かの頭に斧をブチ込んだばかりだ。あいつもこんな感じだったのかね?
大量の血が噴き出してきて、思わず持っていた武器を捨てて両手で押さえた。何てこった。ここでおしまいとは。全く思ってもみなかった。
こんなことならとっとと棚なんか作ってやればよかったな。俺が死んだらあいつはどうなるんだっけ。子供は生まれるのだろうか。髪は俺と同じ金色で、瞳はあいつの緑がかった灰色とか?
…ま、何とかなるだろう。俺だってここまで生きて来れたんだしさ。
しかしこのデカイ体がここで朽ちてしまうのは、何とももったいねえことだな。
ああ目が霞んできた。右の耳はまだまだ聞こえてる。鼻は元から大して利きゃしなかった。
男は膝から崩れ落ちた。足下にできていた自分の血溜まりが彼を受け止める。
砂と混ざり合い、ざらざらと温かく塩辛い血。大きかった俺の体に流れていた血。これが懐かしいってやつかなあ。
ともかく一旦ここで終わりだ。
さらば。さらば世界よ。
瞼が閉じられ、世界は消えた。

10/7/2023, 5:29:29 AM