そうやって見つめられると、どうしても助けたくなる。
昨日の出来事だった。
放課後、いつもの帰り道を歩いていると、ふと目に留まるものがあった。
【拾ってください】と、掠れたマッキーで書かれたダンボールは、昨夜の雨で生臭い匂いが漂っていた。
その中には、少しの獣臭さが混じっていた。
「ひどいな…」
ダンボールを開けると、小汚いタオルの上には小さな子猫が眠っていた。1匹ではなく、5...6....8匹もぎゅうぎゅうに押し込められていて、とてもじゃないが元気には見えなかった。
どうにかして助けられないか。
そんな考えが浮かんだ。
目の前で8匹もの命がなくなってしまうのは、どうしても抵抗があった。みんなぎゅうぎゅう詰めの中、私を見つめ続けていた。
猫の瞳孔の黒が、広がったり縮んだりしていた。
「1080円です」
結局、やってしまった。
やけに背の高い店員に、不思議そうな顔で商品を手渡される。
仕方ないものだ。お使いか何かだと思ってくれればそれでいい
9歳の私には、1000円はとても大きなお金なのである。
一ヶ月にお小遣いとして300円貰えるわけで、それを4ヶ月でやっと貰える金額だ。
飴でもチョコでも、我慢して駄菓子で誤魔化していたあの四ヶ月を、全て子猫に捧げてしまったのだ。結局、欲しかったあのアイロンビーズも、あと4ヶ月はお預けになってしまった。でも、猫の命は今しか助けられない。
とにかく、早くご飯をあげなくちゃ!
キャットフード、ふわふわクッション、ちょーる。
マンション住みでペットとは無縁の私でも、なんとなく知っている組み合わせのものをとりあえず買ってみた。
飼うことはできないけど、こうするとなんだか嬉しい気持ちになる。
そうして、段ボールの元に戻り、また開いた。
猫たちが、さっきよりも少し動きが鈍くなっていた。
「ああ!はやくあげないと」
急いでキャットフードの袋を開け、一粒ずつ段ボールの中に落としていく。
猫は少し匂いを嗅ぐと、がつがつと食べ始めた。
下に敷かれている汚いタオルも変えてあげたい。
私は、慎重に子猫を1匹ずつ外へ出した。
みんな弱っていて、軽かった。骨の張った感じが手で感じ取れて、抵抗もしなかったのが、なんだか可哀想でたまらなかった。
汚いタオルは臭くて、触るのも嫌だったが、子猫を外に出しておくのも危ないから、仕方なくつまみ出した。
新品のふわふわクッションを敷いて、また猫を1匹ずつ手で戻す。
ちょーるを与えると、猫は袋に噛み付く勢いで食べ出した。
そんなとき、ちょっと鋭い顔つきの野良猫が、茂みからこちらに近づいてきた。
やけに瞳孔が大きかった。
なんだか怖くなって、私は鞄を持ってそのまま家に帰った。
「ただいま!」
「おかえり、遅かったね?何してたの」
「あのね!」
自分のお小遣いを犠牲に子猫を助けた、なんて言ったら、褒めてくれるはずだ
「子猫が捨てられてたから、ご飯あげたの」
そう自慢げに言った途端、母の顔がみるみる強張るのが見えた。
私は何も悪いことをしていないのに
「なにやってんのよ?!馬鹿じゃないの?!」
理解が追いつかなかった。
私は何も悪いことをしていない。誰かを助けることは大事なことなはずだ。
なのになぜだか今、母はすごく怒っていた。
「…ごめんなさい」
「馬鹿みたいなことしてないで、早く勉強しなさいよ」
機嫌は治らないまま、母は薬缶の火を止めに行って、そのまま私に見向きもしなかった。
翌日。朝早く起きて、私はあの猫の元へ行った。
どうしても心配だった。
幸い、段ボールの中には元気な子猫たちがいた。
昨日よりも少し動きが元気そうに見えた。
「何をしているんだい?」
突然、背後で声がした。
「猫に餌をあげようと思って」
後ろを向くと、少し痩せ細ったお爺さんが立っていた。
「ああ、ああ。それはいかんよ。」
またそう言われた。
「どうしてですか?!こんなに辛そうなのに」
意味がわからなかった。
「あのな、可哀想なのは分かるんだが、中途半端に優しくされると、それこそ1番可哀想な目にあうんだよ」
「え?」
「おまえさんは、この猫を飼うつもりなのかい?」
飼うつもりは、専ら無かった。そもそも、賃貸マンションではペットは禁止だったのだ。
「いいえ」
「じゃあ、毎日これから餌をあげるつもりなのかい?」
「それは…できません」
「この子猫たちが、明日も君を待つようになってしまったら、どうするんだい?」
「こいつらの糞は、片付けてくれるのかい?」
「それは…」
______盲点だった。
飢えている人にご飯をあげる、そんなことしか見ていなかった。辺りを見回すと、確かに糞が散らばっていた。
ガサっ
そんなとき、茂みからまた、昨日の野良猫が現れた
「こいつはな、子猫の時に誰かに餌をもらって、それからこんなふうに人間にすり寄るようになったんだ」
野良猫は、鋭い目つきでこちらを見続けていた。
「とにかく、懐く前にやめた方がいい。」
おじいさんは、重い腰を上げて、何処かへ歩いて行った。
子猫は、8匹みんなこちらを見続けていた。
そんなに見つめられると、どうしても…助けたくなってしまう。
でも、ごめんね。
そう思って、私はそそくさとそこを離れた。
3/28/2024, 4:00:06 PM