『太陽のような』
・征(まさし)
・薫(かおる)
「征さんは、太陽みたいね。ふふ、だからこんなにもわたしの心は暖かくなるんだわ」
薫さんは私を見上げて花笑む。私はどう反応して良いか分からず、思わず仏頂面になる。昔からよく「兄貴はずぅっとその顔してるよね。仏頂面がお似合いなことで」と弟に皮肉った口調で言われているため、私は相当表情の変化が乏しいのだろう。自分ではそれを理解してはいるが、どうやら簡単には直せないようだ。
「……そうか」
無愛想な顔つきで低く太い声で、私はその一言だけを返した。喋りもあまり得意では無いので、そうか、としか言えなかった。
顔が怖い、背も高くて怖い、あまり喋らなくて怖い──かなりの頻度でそのように言われるのだが、薫さんからはそのように言われたことは無い。反対に、私の印象とは程遠い事をよく言う。先程の「太陽みたい」も、その内の一つである。「太陽系の一つを破壊できそう」と揶揄われたことはあるのだが。
全くの無表情で薫さんの顔を見続けていると、彼女はなんだか幸せそうに、そして吹き出しそうな顔で微笑む。
「あの、私が何かおかしなことでもしたか?」
そう訊くと、薫さんはついに少女のように声を立てて笑いだした。
「違うわ征さん。あなたがあんまりにも可愛らしくって、堪えられなかったのよ!」
あはは、ふふ、と彼女の口から漏れてくる声は、多分だが嘲笑や冷笑などは一切含まれていない。なので私を揶揄っているのではないのだろう。
可愛らしい、その言葉も私にとっては初めてであった。弟は私とは違い愛嬌たっぷりの顔をしていたので、周りの人間からはよく言われていたようだが。私はやはり「イカつい」の方が、というよりそれしか言われたことがない。
そもそも、こうして洒落た喫茶店に男女二人きりで来ること自体が初めての経験──二十代半ばで、だ。弟の耳に入れば大笑いされることは間違いないだろう。あいつは童顔の割にはませていた餓鬼で、中学生の頃からよく女子と遊びに行っていたから。
薫さんに「一緒にお出かけしませんか」と誘われ今日は些か緊張してやってきたのだが、誘う相手を間違えたのではないかと何度も何度も脳内で問いかけている。私は特別優れた話術を持ち合わせているわけでも、弟のように愛らしい顔をしているわけでもない。こんな芸のない男と二人きりで遊んでいて楽しいのか。そう訊く勇気は出ない。
「征さんが太陽なら、わたしは一体何になるのかしら」
緩やかに巻かれた肩まである薫さんの髪の毛が、頭と一緒にふんわりと動く。
私は薫さんの言葉を少し不思議に思い、その丸く茶色い瞳を真っ直ぐに見て答えた。
「薫さんは薫さんだろう」
これ以外に答えはない。彼女は彼女だ。私が太陽だろうと何だろうと、薫さんという一人の素敵な女性だ。
私がその結論を出すと、薫さんは驚いたような顔をして、両手で顔を覆ってしまった。
何か嫌な思いをさせてしまったのだろうかと焦り、私は自分自身の口下手さを恨めしく思った。どうすればいいのか、慰め方なんて分からない。そうあたふたしていれば、彼女はくぐもった声でぽつりと、独り言のように呟く。
「もう……そういうところ、ずるいわ」
私はその言葉の意味を理解出来ず、顔を上げた薫さんの顔を見て、また不思議に思う。
ほんのりと淡い飴色に染まる頬をやや膨らませ、彼女はもう一度私に言った。
「ずるいわよ征さん。わたしがあなたをときめかせたくて、頑張ってデートに誘ったのに」
「……え」
デート。
なんと、これはデートだったのか!
私はその事実に驚き、呆然と目の前の可憐な女性を見つめていた。と同時に、とっくりとっくりと、心音が高まる合図が聞こえたような気がしたのだ。
老舗喫茶店の窓際の席に鉄仮面の男と甘美な女性。甘酸っぱいさくらんぼのような空気の二人を遮るように真っ白な陽光が差したが、顔の温度を冷まそうとしている薫さんという女性に、私はほんの少しだけ、心惹かれる心地がした。
* 僕の文によく見られる、誤字脱字はお許しください……。
僕の確認不足でございます。申し訳ありません。
気がついた際には修正しております。
2/22/2024, 2:41:09 PM