風を感じて
気がついたら地平線まで続く草原の中にいた。
青々とした草原は何処までも伸びていて遮蔽物となる建物一つ見えない。
どうしてこんなところに居るのだろう。
足元をくすぐる若い草の中にただ一人だけで立っている状況が掴めず立ち尽くす。
だだっ広いだけの、何もない、でも不思議と不安はなかった。むしろ満ち足りた気持ちすらある。
穏やかに流れる風の中、心地よい草木の匂いを胸いっぱいに吸い込んではゆっくりと吐く。
疲れたな、と思っていた筈だった。
報われないな、と思っていた。
手が届きそうで背伸びして、全然届く事ない現実に打ちのめされ続けた。何者かになりたかった。
『また会おう』
最後の最後に思い出すのは目を赤くして涙を堪える顔。耐えすぎて真っ赤になった顔で必死になって笑顔を作ろうとしている、そんな不細工な顔だった。
お前が嫌いだったよ、藤丸。
僕の欲しいものを何もかも持っていた。
出来損ない同士、同じだと思っていたことを恥ずかしく思った。僕はお前になりたかった。
でもそうじゃなくて。
生きてる意味を見出せなかった人生に意味を作ることを教えてくれたお前だからこそ、お前の役に立てて良かったと思う。
あぁ、いつかまた会おう。
僕は笑って言えたかどうか、もう確かめる術はないけれど。
顔をあげる。
晴々とした気持ちだった。
生きていた時よりもずっとずっと。
あぁ、今とても君に会いたい。
話したいことだらけで何から話したら良いだろう。
モゴモゴと脈絡なく話し始める僕に、きっと君は困った人ねと鈴を転がすように笑うだろう。
暖かな風の中に少し冷たい風が吹く。
君かい、アナスタシア。
待っていてくれるとわかっていても迎えには来てくれないのは君らしい。
導かれるように少し冷たい風の吹く方へ歩き出す。
いつだって君は僕を導いてくれる。
風が吹くように、そっと。
8/10/2025, 2:05:39 AM