「皆、さよなら」
と言ったとき、上手く笑えていたか分からない。
私なりの笑顔を乗せたつもり。だけどあまりにも寂しくて、別れなんて信じられなくて、ただ、帰りたくなくて。
さよならは笑顔で、なんて漫画の人物にしかできない。だって、もう会えるかも分からないのに笑えるなんて。
好きな人に。
失恋を引き摺りながら人生を歩いて、その先で夏のキャンプに参加した。
そこで出会った彼が、出会ってから、ずっと脳裏に焼き付いていた。
キャンプのリーダー役に、少し不安げな顔をしていた。
小さい子から押し付けられた食事を、「使命感で食べてる感じ」と言って笑って食べていた。
私がこそっと脇に触れたとき信じられないほどびっくりして、そこから擽りが弱いと小さい子たちにばれて、あまりにもひっくりかえって笑うものだから、ダンゴムシとかエビとか呼ばれていた。
寒そうにしているちびっこに自分の上着を着せてあげていた。
食事で押し付けられた揚げ物用のレモンに、なぜだかかぶりついて酸っぱい酸っぱいと言っていた。
目を閉じれば、そんな柔らかくはにかむ彼の姿を思い出す。
最初は興味とかあんまりなかったのに、ただ、同学年だなぁ、としか思わなかったのに、気づけばいつも姿を探していた。好きになったなんて、信じがたかった。
さよならを言う前。
さよならを言いたくなくて、いつもみたいにまた後でって言いたくて、でももう時間はなくて。
さよなら、って、言いたくなかった。
さよならを言ったら、何もかもが終わってしまう気がした。
忘れられてしまう気がした。
覚えていてほしかった。
私のことを。
私の感触ごとを。
「」
彼の名前を呼んだ。
立ち上がってくれた彼に、
ありがとう、と、忘れないで、を伝えたくて、さよなら以外を伝えたくて、覚えていてほしくて、
ただ抱きついた。
「ありがとうね」
言いたかった言葉が喉の奥でつかえる。
「最高のリーダーだったよ」
君は私のヒーローだ、なんてこっぱずかしくて言えないけど。
「かっこよかったぜ!」
またね、って言えたか、もう私が覚えていない。
ただ、私の言葉、私の感触、私のこと、覚えてほしかった。
さよならを言う前に、なるべく全てを伝えてきた。つもりだ。
さよならって言った後で、私は恋心に気づいた。
8/20/2024, 1:55:59 PM