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愛情のありやなしやを問うには、機は短すぎた。
鳴り物なりの出世で、一世を風靡した俳優、東堂寺剛憲は、戦後の映画界を牽引する役者だった。
こなす役は、二枚目の主役級の登場人物が多かったが、たまに二枚目半の、助演をやらせると、特に光った。
必ずや、帰ってくると言って、五十五の時に、大企業の社長に就任した。
結婚は三回。離婚は二回。
最後の妻は、二十五歳年下の若妻で、彼の死ぬ間際、こう言った。
「あなた、愛とは如何程のもので、ございましょう。私のために死ねと言えばあなたは死んで下さいますか」
剛憲は、病床に臥せっていた。
なんのことはない、妻の可愛いわがままだと思い、彼は高血圧と低血圧のの薬を飲んで死んでしまった。
残された妻は泣いた。
「こんなつもりでは、なかったのに……!」
それは、彼の葬式で、沢山のファンや同業者に囲まれて亡くなった彼にとって、いかばかりの気持ちを込めた自殺であったのだろうか。
余命幾ばくかも分からぬ男の、最後の遺影は、やはりニヒルに笑った看板役者の笑みであったという。

11/27/2023, 1:35:05 PM